やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

新聞業界の斜陽と世迷言について



 大手新聞社を退職されて現在大学の教授をされている方が、先日とんでもないことを仰っていたのですが、曰く「最近の若い人は、何か疑問に思うとすぐにネット検索してしまい、まず自分の頭で考えることをしない」。

 44歳の私が結論を先に言いましょう。私も疑問に思ったらまず自分の中で結論を出さず、検索して資料にあたります。これ、ネットが便利だろうが、ネット普及前だろうが、当たり前の基本動作だと思うんですよね。昔だったら図書館に行ったり、新聞を読み返したりすると思いますが、そういう手間がかかるものについては諦めていたのです。いまはネットが有るので、行政文書から語彙単語の定義に至るまで、特定しやすくなりました。その意味では、そもそも確たる情報も手の内にないのに、疑問に思ったことを頭の中だけの話で是か非か決めてしまう、というのは有り得ないことです。



 実際、私も人並み以上に記憶力のある方ですが、例えばパッと「昨年と比べて日本人の海外旅行者数がどれだけ増減したか」と聞かれてもすぐには思い出せません。しかし、どこを調べればその情報が存在するかは分かります。だからこそ、自分の記憶を探してみて、存在しない情報や不確かな内容しか持ち合わせがない場合は、すぐに調べるし、調べてから、その情報を見て、意味を考えるということをします。

 現在の新聞社でまだ残っている人、見切りをつけてお辞めになった人、さまざまおられると思うのですが、新聞社に勤めていることが偉いのではなく、情報を集め、情報に接し、その現場感覚の中でいろんな経験を経て新聞記者なりデスクなりで各々の立場でしか知り得ない情報を武器に物事の真相に迫ったり流れを読んだりすることができるから凄い新聞記者という存在になれるのであろうと思うわけですよ。実際、新聞記者は100の事実を知って100の記事を書くわけではありませんし、それはネットでも雑誌でも同じことであって、伝えるべきことを10から20ぐらいに削り込んで執筆するから新聞社ごとの論じ方の違いや同じ事実でも記者によって伝わる内容やぬくもりが変わってくるのでしょう。

 冒頭の教授は非常に冴えた方ですが、足りない情報で自分の感覚を磨き、答え合わせをすることで世間と自分の感覚のズレを修正するという意味合いにおいてのみ、有効な話を、さも普遍的に「若い人がするべき行動様式」と言い切ってしまっているのでげんなりするのです。それって、仮に自分で考えて正しい答えが出てきたのだとしても、それはたまたまであって、継続して判断するに足る正しい情報をかき集めようとするならばいずれミスる方法にすぎないのではないかと考えるわけです。

 翻って、分からない分野について語るのは非常におっかないことです。私も何度も痛い目にあったり煮え湯を飲んだりもしますが、知らない分野は知的興奮がある一方、知りもしないのに論評した結果、面倒なことになるのは往々にして目にします。そして、ある分野で偉大な知見を持つ御仁が、時事一般のおよそ専門ではない分野についての見解を尋ねられ、披露して馬鹿を露呈することがありますが、これとて教授氏の仰る知識や情報への向き合い方の問題じゃないかと思うのです。

 そして、専門分野として知識は充分に持っているけれど、その専門分野が今後どうなるのかを読むに当たっては全部外すような「逆神」になったり、知っている情報が細かすぎて大局観を持たないために他の分野から見て役に立たない知識だけを溜め込んでしまう有識者も出てきます。むつかしいのは、知識を総合していく過程や、情報を作り上げていく中でスコープが合わなければ役に立たないし、特定少数の誰が何をしたかをクローズアップしすぎて特殊な物事がさも全体を動かしているかのような喧伝のされ方をするのはメディアが頻繁にやらかしてしまう誤謬です。北朝鮮問題や南シナ海問題を問うのにミサイルの細やかな性能を云々することで北朝鮮や中国の物事の考え方を想像するのが困難なように、数ある情報の中でいまの大局において「その情報はどこまで全体を左右するような重要な内容か」という情報の粒度、見積もりを誤ることは多くあります。

 既存のメディアが弱ってきているという議論の中で、これらの新聞記者が伝えてくる情報の貴重さは指摘されても、実際にはその記事はどれだけ大事なのかについて語られることはあまり多くありません。実際、新聞はパッケージ商品であり、起きた出来事を紙面の許す限りにおいて大事なものは大きく、事実関係のみを記すものはベタ記事にするなどして編集しているのですが、私は新聞の凄さ、良さというのは実はこの一覧性にあったと感じます。ネットの時代になって、ベタだろうがストレートだろうが論考だろうがPVやUUという尺度の中で等しく読み解かれる時代になると、本来新聞が読者に伝えるべきであった情報の粒度や重要性、先を読む上で新聞社だから提示できてきた大局観といったものがすべて置き去りになってしまっているように思えてなりません。

 本来であれば、これらは新聞社が自分たちのビジネスを再開発するにあたって、情報の粒度に応じた、あるいは新聞記者や編集部の能力に見合った異なるお金のとり方をできるような仕組みを構築していかなければならなかったはずです。少なくとも、私はそう思っています。

 そして、この新聞社にとって破壊的なネットの動きは気の遠くなるほど前から胎動はあって、誰もが気づいていて、しかしなお既存の新聞紙に情報を文字にして印刷する新聞を戸別配送して月額で売るというビジネスモデルから転換できなかったのは、果たして新聞社にいた人たちの大局観のなさが問題だったのでしょうか。

 もしも、新聞社が本当に自分の頭で考えることのできる人たちばかりだったら、そして、起きている問題を冷静に認識して行動に移すことのできる組織であったならば、こんにちのような新聞業界の斜陽は起きていなかったことでしょう。なぜなら、新聞記事や新聞記者には競争力はいまなおあり、ネットでは新聞記事はそれなりに信用できるものとしていまなお読まれ続けているからです。競争力を失ったのはあくまで紙に印刷して戸別配送して売る新聞紙です。そして、新聞社の斜陽を決定づけたのは、かねてから私もそれ以外の人々も指摘してきたとおり「販売店が最終の読み手を知っていて、新聞社は自分たちの読者の情報をもっていなかった」ことにあります。最終顧客の顔も収入も家族構成もしらないのに子供向けの新聞を闇雲に作り、受験で使われる新聞記事はこれと喧伝する割に、新聞記事を作ることまでは熱心でも読み手のニーズはおざなりであれば、それは商売は左前にならざるをえないでしょう。

 その後、新聞社はさすがに気づいてデジタルシフトをする中で顧客情報の確保に血道を上げ始めるわけですが、そこはすでに新聞社のブランドでどうにかなることの少ない、ネット業界が各社で血みどろの争いをしている戦場なのでした。銃弾が飛び交う中で槍や刀で激戦区に降り立った新聞社が勝てる保証などなく、それは討ち死にするしかないでしょう。

 一番稼げる人たちは一足先にネット業界へシフトして、新聞記者としてクオリティを持てる勝負どころを活かして頑張っていますし、むしろ専門的な分野においては「検索される側」になるために何ができるか、何をするべきかが分かって動いておられる方がやはり多いです。疑問に思えばまず検索するのは真の意味で現代人の基本動作であり、ここを抜きにして語れないのが情報化社会であるし、よしんば情報化社会でなくとも不確かなものは事実関係を確認して判断に足る情報を揃えて間違った判断をしなくてすむようにするしか方法はないのだと思うのです。

 それゆえに、私自身はリテラシーとはむしろ「自分は何を知らないか」について把握しておくことのほうが大きいんじゃないかとさえ思います。専門であり、知識があるとされる分野は、人間意外とそう大きくないのです。だからこそ、新聞紙のように網羅的で、かつ視覚で多くの記事の重要度がひと目で分かるようなUIやエクスペリエンスが重宝していた時代があった、ということに尽きます。

 いまや、ネットで一番求められているのは新聞社的な「お前はこれを読め」とか「これが大事だ」とか「この情報はこう理解しろ」などではなく、むしろ通信社の出すヘッドラインニュースであり、あるいは党派性に見合った「信じたい情報を流してくれる新聞」なのかもしれません。

 

経営情報グループ『漆黒と灯火』 第7期会員募集のお知らせ

 わたくし山本一郎が主宰しております、経営情報グループ『漆黒と灯火』では、10月30日より10名限定で新規の会員さんを募集しています。

https://yakan-hiko.com/meeting/yamamoto.html

 毎月、安全保障や健康・医療、投資界隈、行政などのエキスパートをお呼びして、会員の皆様に向けての対談をさせていただいたり、Facebook内でメンバー同士の交流・情報交換などもさせていただいております。

 11月度の対談のお相手は、最近はドラマ『コウノドリ』の監修や、名著『女医が教える 本当に気持ちのよいセックス』などでお馴染みの産婦人科医・宋美玄さんをお呼びして、子宮頸がんワクチンの普及問題から厚労行政あたりまで広くお話をしてまいりたいと思っております。

http://www.puerta-ds.com/son/

 また、年内より『漆黒と灯火』のワイド版となる大討論会企画も考えておりまして、先行きの分からない漆黒の未来に向けて歩み続ける私達にとってささやかな光明となる灯火となれるような刺激のあるグループにしてまいりたいと考えております。

 今後の当会にぜひご期待ください。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.206 前回にひきつづき衆議院選東京選挙区の総括、そして新聞業界の斜陽やシンギュラリティについて等々
2017年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】新聞業界の斜陽と世迷言について
【1. インシデント1】東京選挙区を総括し、公示前と選挙結果について見比べてみる(後編)
【2. インシデント2】従来予測よりもずいぶん早くシンギュラリティが達成されたらしい件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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