やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

古市憲寿さんの「牛丼福祉論」は意外に深いテーマではないか


 先日、文学賞レースを睨んだ『文學界』の対談で、古市さんと落合陽一さんの対談が地味に炎上しました。私もその辺はかなり真面目に政策検証したりしているものですから、かなり雑に、しかし楽観的にテクノロジーと高齢化社会を語る二人が面白くもあり、一方でこれは確かに不謹慎で、安楽死と尊厳死の違いも判らずに論じて大丈夫なのかと思っておりました。案の定炎上したわけなのですが、おそらくは身の回りに深刻な介護の問題を抱えた親族がいらっしゃらないか、地域の問題として町内会や管理組合などで介護や急性期医療の問題に取り組むということなど彼らにはないので、おそらくは実体験のない想像の範囲外なのでしょう。

 しかしながら、議論をつぶさに見ていくと楽観的なテクノロジー信奉はご愛嬌としても、デフレと貧困とブラックなサービス業という組み合わせでも仕事があり平和で安定した貧困層というテーゼに直結した思想って意外と成立してしまっているのではないか、とほんのり思うところであります。

 その嚆矢は、赤木智弘さんも正面から批判していた、古市さんと田原総一朗さん、津田大介さんの鼎談議論にあります。

福祉を担うのは国である赤木智弘の眼光紙背:第304回

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ファミリーマートの英断「こども食堂」をめぐって場外乱闘が勃発の巻企業にとっては利益と社会貢献の両立を期待できる仕組みだが…… #山本一郎

 個人的に、この赤木智弘さんという評論家も世情では(彼の過激な物言いも相俟って)不当に低く評価されてしまっている論客だと思っていて、いろいろ気になって議論を掘り返してみるとすでに赤木さんが筆致鋭く批判している記事が発掘されるケースもまた多いわけです。

 で、この議論の中で言えば、恐らく編集者の受け取り方もあるのですが、話の途中で唐突に津田さんが「貧乏になってもすき家がある」みたいな言及をするのです。

【津田】いや、休みの日はボーッとしたいなら、それでもいいんです。稼ぎが落ちても、困ったらすき家があるし。

【古市】なるほど、すき家はいいですよね。牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います。北欧は高い税金を払って学費無料や低料金の医療を実現しています。ただ、労働規制が強く最低賃金が高いから、中華のランチを2人で食べて1万円くらいかかっちゃう。一方、日本は北欧型の福祉社会ではないけれど、すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる。

 このあたりが前述した赤木さんによる古市さんらの「牛丼福祉論批判」に繋がっていくわけなのですが、古市さんにせよ津田さんにせよ赤木さんにせよ、ここで『家族』の影はまったく見えません。奥さんがいて、子どもたちがいる。手当てをしなければならない老父老母や親戚の姿はまったく議論の中に上がってこず、自分の稼ぎで飯を喰う以上の話はなく、誰かを養わなければならない、誰かに頼られているというニュアンスは皆無になります。

 それでも、安く飯が喰える、それは稼ぎが減ってもなんとかやっていけるのだ、という彼らなりの経験や現状を踏まえての『福祉』議論になっていることを考えると、冒頭の古市落合対談で目が点になるようなほんわかとした高齢化社会対応もコンテンツとして成立してしまい、それを読む側も賛否の議論が深まらないということになるわけであります。徹底的におひとりさま人生を歩む前提で自分の稼ぎで喰う飯が決まるというだけの消費社会まで墜ちて行って良い前提での話だったため、これはこれで、福祉や、社会と家族や、夫婦生活や、育児などといった込み入った問題を抱えずにやっていける人たちの思想として成立するのだろうと思うのです。

 一方で、落合陽一さんはご結婚もされ、また育児もされているはずなので、そのあたりの『人生の奥行』も抱えているはずでした。高齢化社会には踏み込めずとも、若者の生き方から家族持ちへという変遷もまた経験しているはずなので、そのあたりも踏まえた社会と技術論は期待したいところです。

 おそらくは、これらの『牛丼福祉論』は彼らの本音であり、本当は、もっと掘り下げて彼らが政治思想としてどう着地させるつもりなのか知りたいというのが私の気持ちであります。安く働いてくれている人がいて、それを支える組織があって、安い値段で牛丼が提供されるから稼ぎが減っている人たちにとってセーフティーネットになり福祉の一端となっているのだ、というのは、どう考えたらそういう結論になるのか純粋に知りたいなあと思うわけであります。

 その裏側に横たわるのは、福祉とは隔絶した低賃金での長時間勤労もあり得る話で、そういう人たちは結婚も二の足を踏むほど経済力のなさに悩み、人生において次のキャリアを考えることはむつかしく、願ってそういう仕事に誇りをもって従事しているというよりは、他に働き口が見つからないぐらいの低スキルなので仕方なくそういう仕事に就いているという側面もあるのかもしれません。

 さらには、改正入管法で事実上解禁された外国人労働者の安い雇用によって成立している産業であり、日本人、日本社会の持続可能性という観点からも、外国人の国内定着や社会的な包摂・受け入れという点からも、課題が大きい問題だということは、誰の目にも明らかです。一部の産業界は外国人の受け入れ門戸開放は歓迎されるものだと思う一方で、これらの外国人労働者によって賃金水準の上昇に冷や水をかけられ、外国人労働者と同程度のスキルしか持たない日本人は引き続き低賃金で働かされて、家族を持つこともなかなかむつかしい未来のない人生を送る可能性だってあるわけです。

 同じ問題は介護業界や医療業界、運輸・輸送業界、産業廃棄物、建設現場などなど、いわゆる3K職場(表現は古いですが)でも同様に発生し、人手不足なのに賃金は上がらず、逆に外国人労働者が入ってくるのでそこで従事する日本人も賃金上昇しないという状況で留め置かれている、というのは外食産業も同じです。

 だからこそ、本来であれば現状認識として「低価格の牛丼が提供されている」という問題はむしろ解決するべき政策的課題であるべきところ、なぜか福祉の一端を担っているという評価になってしまっているのは、一見論考としておおいなる不足を感じます。一方で、テーマとして「いや、そういう社会を目指していくのだ」という考えも成立するのかもしれません。どう成立させるのかは詳しく知りたいところですが、少なくとも私はそういう議論を見るとモヤモヤするので思想にまでロジカルに辿り着きません。

 それもあって、そういう論考を世に出すことに成功した古市さんや津田さんにはもう少しこの『牛丼福祉論』的な論考をさらに深めて、思想にまで持っていってほしいなあ、がっつりと論考をして、経済成長を是とする論者と討論する位にまで思想を煮詰めてほしいなあと願ったりもします。

 私にはできない、到底思いつかない思想なので。

 蛇足ながら、そういう思想性について、誰も指摘してないように見えるのはもったいないことだと思います。単なる思い付きだとしても、言われてみれば福祉の一端だ、これが社会のあるべき方向性だ、現状認識・追認としてこれを社会として推し進めるべきだ(容認するべきだ)と論陣を張られれば興味を持って読むと思うんですよ。いわゆる脱成長社会なんかよりもよっぽど現実的だし(実際に起きているわけだし)、思想的にも興味津々です。

 面白くもない小説を書いて無理矢理賞レースに載せるぐらいならば、この辺の思想を突き詰めてみてほしいと願うのは私だけなんでしょうか、そうですか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.252 今さらで牛丼福祉論を蒸し返してみつつ、ネット界隈の闇となりつつある評価経済や情報銀行制度について考えてみる回
2019年2月22日発行号 目次
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【0. 序文】古市憲寿さんの「牛丼福祉論」は意外に深いテーマではないか
【1. インシデント1】不思議な評価経済、報酬なき勤労はどこまで適法か
【2. インシデント2】日本独自の情報銀行制度は無事にスタートできるか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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