やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

コロナウイルス(COVID-19)対策で専制・共産国家のやり方を称賛するのって怖ろしくない?


 コロナウイルス禍については、先日産経新聞にもコラムを寄せていたのですが、中国・武漢やそれ以外の都市で文字通り「封鎖」され、住民の移動が制限されただけでなく、百度やアリババ、テンセントなど中国系各社が決済情報を元に「誰がどこに移動したのか」というホットマップを作成していました。

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 しまいには、中国政府がマスクなどの備品を退蔵している住民に対してこれらの物資を「徴発」すると発表し、もちろん感染症対策が緊迫度を高めるにつれて対策を矢継ぎ早に打つ必要はあるんでしょうけど、あまりにも抑圧的過ぎて人権も何もあったもんではない状況になっています。大丈夫なのでしょうか。

 さらに、日本国内では、一部議論において中国人の渡航禁止をいまさらでも禁止したほうがいいという議論が出るだけでなく、これらの中国の施策について感染症対策が素晴らしいとしたうえで日本も見習うべきという話を公然とする人たちもいます。

 公共の利益のためには個人の権利や自由は制限されるべきか、という文字通りのトロッコ問題に近い話が出ているわけですが、感染症対策のためには移動が強制的に制限されるのが好ましいのかという話はあまり議論されてないように思うんですよね。大規模なイベントは中止だというのは主催者側の判断でできるけれども、一方で毎朝毎晩満員電車に揺られて通勤している人や、狭いカウンターで肩を寄せ合って牛丼を食べている人たちはたくさんおるのです。

 仮に、政府がそういう集団で接触しかねない場所を例示して「無用な外出を控えるように」と言っても、電車に乗ったらこの有り様である以上どうしようもないと思うんですよ。それこそ、政府が強権的に「特定時間帯の出社停止、リモートワークできる人は切り替えるように」とやる度量があるのかどうか。

 大騒ぎするほどに、それじゃ中国の国家主席・習近平さんの来日をそのままやっていいのかどうか、さらには、東京オリンピックは本当に開催できるのかどうかって話になるわけですよ。騒いだら、当然習近平さんの国賓来日は断らなければならない。逆に、たいしたことないよ、騒がなくていいよとなれば、日本のコロナウイルスに対する水際対策は不備であった、なんだあのダイヤモンド・プリンセス号は、という話が出て、政府の失敗を追求されてさらに支持率が下落しかねない。

 何をやってもだめ、という話になりがちな事件ですが、安倍政権官邸も厚生労働省も目いっぱい頑張ったうえで、実はマンパワーが行革で減らされていて緊急対応できる余力のない人員配置になっていました、というオチになってしまったのは残念です。国家公務員を減らし過ぎたんですよ。そんな中で、うっかり火元である中国・武漢でのコロナウイルス対策が、中国共産党のなかば強引で強権発動な方法で封じ込めに成功しましたという話になってしまうと、じゃあ日本もそういう社会的な大きいリスクに立ち向かえるような集権的な体制と実施可能な法体系を作りましょうという話が出ないとも限りません。民主主義はこういうときにリーダーシップを発揮できないから困る、という議論は毎回出ますが、それは専制国家が上層部に正しいアプローチをできる人間がいるときに限って効果を出すんだと思うんですよ。例えば、いまの安倍官邸に専制的な権限を与えて本当にこの問題を解決できるだけのアプローチが取れるのかという話はつきまといます。

 311のときもそうでしたが、菅直人さんであれ安倍晋三さんであれトップの能力や支える周辺の人たちの問題もさることながら、問題に対して適切にアプローチできるマンパワーがない場合は、現場の真の情報を集めるだけでも大変な苦労を伴うわけです。厚生労働省も人が絶対的に、絶望的に足りず、また、いまの保健行政も充分な予算や人員をもっていない限りは、彼らにどんなに献身的に頑張ってもらったところで限界はあると思うのです。

 いわば、日本の官邸も官庁も、どちらかと言えば「何事もない前提で予算と人員を削ってきたので、いざ何か発生すると予備戦力が乏しく一気にオーバーワークになる」という残念な状況になります。でも、それは民主主義とは無関係に発生していることだと思うんですよね。

 必要なことは、いろんなリスクが起き得る前提で予算配分を考えて人員を張り付けておくことだと思うのですが、いま貧しくなっていく日本においては、それができなくなっていくのだろうなあという話ですね。それを、民主主義の劣化だ、危機だと煽ったところで、専制主義国家を目指してもろくなことにならないと私は思います。

 なんせ、黒川弘務東京高検検事長の定年延長ですらもこれだけすったもんだする我が国のことですから、やはり変に横車を押すことなく、きちんと目標を掲げて前を向いてやっていってい欲しいと願うばかりであります。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.288 コロナウイルス騒動にまつわるあれこれを論じつつ、次世代モバイル通信やIoT由来のセキュリティ問題などに触れてみる回
2020年2月27日発行号 目次
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【0. 序文】コロナウイルス(COVID-19)対策で専制・共産国家のやり方を称賛するのって怖ろしくない?
【1. インシデント1】コロナウイルス関連、パニックから正気に返るまで
【2. インシデント2】次世代モバイル通信とIoTな最新テクノロジーがもたらす落とし穴への危惧
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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