※高城未来研究所【Future Report】Vol.545(2021年11月26日発行)より
今週は、愛知県長久手にいます。
いまから二十年近く前、愛知万博の仕事を手がけていた僕は、幾度となくこの地を訪れましたが、1970年に開催された大阪万博以来の2回目の総合的なテーマを取り扱う大規模な国際博覧会なのに、博覧会協会が定めた「愛・地球博」というダジャレ・ネーミングに嫌気がさし、この国のグローバル感覚のなさに失望したことから、早々に拠点を海外に移すことを決意した思い出深い場所です。
県の三役や愛知を代表する大企業の面々に、「そのダジャレは、海外ゲストからは意味不明な上に失笑を買いますよ」と誰も言えない様子で、しかも、「自然の叡智」をメインテーマに掲げながらも、会場の跡地利用として宅地造成の新住宅市街地開発事業や道路建設をセットで実施する「ゼネコンありき」の万博だったことから、頻繁に「万博を隠れ蓑にした土地開発事業」と揶揄されていたのをよく覚えています。
この構造は、今年実施された東京オリンピックも同じで、日本はいまだに古めかしい土建国家を脱することはできない様子が伺えます。
近年、欧州随一の知性と言われるドイツ人哲学者マルクス・ガブリエルは、「日本はソフトな独裁国家」と僕が言うところの日本式システムを表現しましたが、日本には精神性まで抑える同調圧力=「空気」が間違いなく存在します。
かつて山本七平が上梓した名著「空気の研究」では、データに基づいた科学より、日本では「空気」が絶対権威のよう驚くべき力をふるっていると論じました。
この「空気」が漂う土台となっているのが、和製「朱子学」です。
もともと南宋の朱熹によって構築された儒教の新しい学問体系「朱子学」は、実は中国には存在せず、程朱学という学問の一派に括られています。
これを林羅山が徳川幕府による封建支配の思想(道具)として、日本独自の解釈をした「和製朱子学」を作り上げ、いかなることがあっても目上(年齢や立場)の人に逆らってはいけない風潮など、為政者には都合が良い社会規範を定着させることに成功しました。
明治時代になっても、日本で作られた朱子学を軸とした儒教的な道徳教育を基本とする命令が出され、1890年制定の教育勅語などに大々的に取り入れられます。
これが軍部の中心的規範になり、近代日本の独自のルール(つまり日本式システム)を確固たるものにしました。
この独自のルール=「和製朱子学」が、太平洋戦争後、日本を占領した米軍にとっても統治しやすかったため、官僚機構を含めて長年に渡り温存され続けます。
いまも官僚社会では「入省年次」によってポジションが采配されており、実力は二の次。
実は、キャリアとノンキャリアという「身分」も、法律には定められていないのです。
山本七平は、このような日本式システムを「日本教」と喝破しましたが、日本人は自分が日本教徒であるという自覚を持っていない上に、日本教徒の日本人が他の宗教に改宗するなどと考えるのは「正気の沙汰ではない」とみなされ、システムからはみ出ようとすると即座に同調圧力がかかります。
時にはマスメディアを通じて社会的に抹殺されてしまうことも少なくありません。
実際、英語圏で仕事をしていると、和製朱子学の顕著な例である「先輩後輩システム」はなかなか説明しづらく、なぜ能力主義ではなく慣例主義をとるのか、と聞かれても答えられません。
その上、立場と年齢は絶対的だと説明しても理解されることはありませんので、「日本には外から見えない独自の君主制がある」と伝え、これが日本の成長と個人の自由を妨げていると話します。
時は巡っておよそ二十年経った今日、変化を拒み、お上や地域のドンに逆らえば同調圧力によって抹殺される日本式システムは、より強固になったと感じずにはいられません。
愛知万博跡地は、いまは緑化され風景を刷新していますが、目に見えない「掟」は、日本に根強く残ります。
敗戦などの外圧による崩壊ではなく、もし今後、日本が内部崩壊したら、500年近く続いた目に見えない日本式システムは、壊れることがあるのだろうか?
そんなことを夢想しながら、感慨深く愛知万博跡地の公園を歩く今週です。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.545 2021年11月26日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
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