やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

公共放送ワーキンググループがNHKの在り方を巡りしょうもない議論をしている件


 有識者会議はこういうお座敷芸にならざるを得ないのは仕方がないという議論を耳にして、興味を持ってサイトを見物に行ったのですが、思った以上に惨状となっていました。

 当メルマガでも何度かNHK改革を巡る話は書いているのですが、ちょっと見ない間にこんなに伝統芸能のような足踏みを続けていたのですね。

 最高にホラーだったのはワーキンググループ構成員から出された質問に対する、日本新聞協会の回答です。

構成員からの質問への(一社)日本新聞協会メディア開発委員会による回答

 何というか、出だしから、酷い。

 そもそもNHKのBS予算問題からして、本格的にしょうもない議論であって、これはもうNHK会長に元みずほFGの前田晃伸さんから元日銀の稲葉延雄さんに代わって、実質的にお飾りの稲葉さんから実権が副会長であるプロパーの井上樹彦さんに移ったってことだよね、というのはみんな思っておるわけです。

BS予算問題の意思決定「はっきり分からない」とNHK・稲葉会長

 その井上さんが、実質的に小NHK主義として、既存の放送分野でNHKの役割を押し込めておくべきだという考え方である以上は、よく言えば抑制的にNHKが民業を圧迫せず小幅でも受信料を引き下げて、頭を低くして嵐を乗り越えようというモードであるようにも見受けられます。

 もちろん、それでは何のためのワーキンググループなんだ、公共放送の在り方検討会とは何であるのかという話になるのですが、たぶん、そういう方面で新しい時代でNHKをどうしようかという議論を極力先送りにして、何事も起きないように数年間を過ごすことが至上命題になっているのだろうと思うわけですよ。もちろん、それはそれで一つの見識なんだよと評価する筋もいるので批判ばかりをするつもりもないのですが、一方で、テレビが必ずしも国民全員がリーチできる媒体ではなくなるようになり、公共放送としてのNHKという国内の、コップの中の嵐だけでなく、広く日本全体の放送業界、あるいはもっと広くコンテンツ業界として見たときに、日本対世界市場という見方でNHKを捉え直していかなければならない。

 つまりは、同じ放送業界の中の民放テレビ局や、今回の日本新聞協会のようにお前らの系列の経営を圧迫する大正義NHKの経営活動に制約を与える場としての検討会やWGという位置付けでは未来はないのですよ。そもそも、インターネットがこれだけ普及して、国民のニュースなど情報摂取ルートがテレビから主役が移りつつあるいま、NHKが全体として担ってきた「国民全員に、なんらか公益的な情報を届ける機能としての公共放送」は再定義を必要とする段階にも達していると言えるのです。

 そこには、単純にNetflixだAmazonだDAZNだといった海外コンテンツプラットフォームの伸張が、日本国内の放送業界総製作費の数倍、十数倍という規模感で日本市場を脅かしているところへ、30年間昔と変わらぬ民業圧迫の四文字を記したむしろ旗でNHKのネット進出を阻止しようというのは何の意味があるのかという話でもあります。

 また、整理された議論を見ていてもわざわざ「将来のインターネット展開は必然であり、また、本来やるべき業務(内山構成員 第3回)」とか「テレビを持たない方に対してはNHKのコンテンツを提供することができないが、必須業務になれば、テレビを持っているかどうかに関わらずNHKのコンテンツにアクセスすることができるという意味で、新聞や民放と同様に、NHKもネット上で多元性確保の役割を果たすことができる(大谷構成員 第9回)」とまで踏み込まれているにもかかわらず、その公共放送の役割の再定義をかなりの部分すっ飛ばして新聞協会がNHKネット進出に関して反対の論陣を張っているのは理解に苦しみます。肝心の民放連が状況を理解して宥和的になりつつあるにもかかわらず、です。

これまでの主な検討項目について - 公共放送WG事務局

 さらには、公共放送としてのNHKには偽情報対策も含めたネット上での情報的健康を守る役割を担わせるという、ミーム戦対応的な安全保障の話まで出てきました。

 これは、すでに指摘されている通りテレビを持たない人たちの割合が増え、テレビ放送やラジオだけでは公共放送が国民に伝えるべき情報を送り出す手段を喪失することで、消極的には災害時の情報提供だけでなく流れているデマの訂正も含めた社会的役割をいかなる形でNHKが担い直すのかという論点にも繋がっていきます。

 実質的に、日本新聞協会がNHK改革の癌であるだけでなく、我が国の貴重な輸出産業であるコンテンツ業界という意味でも、また必要な情報を国民に伝えるNHKの公共放送としての役割を再定義するという意味でもサボタージュする話そのものになっていますので、これはもう政治的判断で日本新聞協会はオブザーバーから外していいんじゃないかとも思います。

 たぶん、日本新聞協会は実質的に読売新聞のパペットとして、読売の立場だと公言すると読売がNHK関連議論を妨害していると剥き出しになるのを怖れてガワだけ日本新聞協会という扱いにしているのでしょうし、NHK副会長の井上さんも、プロパーとして組織的に掌握できる部分でだけやれることをやるのが権力維持に繋がると考えて消極的な小NHK主義で穏便に任期を過ごすことしか考えてはいないのかなという風にも思うのですが、そろそろ真面目にWGの着地点を考えないといけない時期に差し掛かっているのではないかと思います。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.413 公共放送WGのグダグダさ加減を嘆きつつ、ウクライナ危機に対する日本人の意識変容やTwitter無き時代のソーシャルメディア界隈にツッコミを入れる回
2023年7月26日発行号 目次
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【0. 序文】公共放送ワーキンググループがNHKの在り方を巡りしょうもない議論をしている件
【1. インシデント1】ウクライナ危機と日本人の受け取り方に関する変容の問題について
【2. インシデント2】生成AI時代におけるソーシャルメディアの存在価値
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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