石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』より

石田衣良がおすすめする一冊 『ナイルパーチの女子会』柚木麻子

「ブックトーク」という名前なんだから、やっぱり本の紹介は欠かせません。ぼくは本を書くのも、読むのも大好き。買うときは50冊、100冊単位で購入します。きっとみんなは、ビジネス書のように「役に立つ本」や、「感動できて泣ける本」あるいは、ただ1位の本(笑)ばかり読もうとしているかもしれません。でも、そういうものだけじゃなくて、いろんなジャンルの本も気軽に楽しんでほしいから、ぼくがセレクトした本を紹介していきたいと思います。

『ナイルパーチの女子会』[著]柚木麻子(文藝春秋)

book_img
今回のおすすめは柚木麻子さんの『ナイルパーチの女子会』。ナイルパーチいうのは、アフリカの淡水湖に棲んでいる大型の外来魚で、あらゆるものを食べちゃうという、ものすごく貪欲な魚です。白身の魚でおいしいんですけどね。柚木さんは81年生まれですから、現在34歳かな。『フォーゲットミー、ノットブルー』というデビュー作が、僕が選考委員をしていた「第88回オール讀物新人賞」をとりました。女の子同士の友情を爽やかに書くという、端正でいい小説だったんですけど、おとなしかったんですよ。それがですね、この「ナイルパーチ」では大暴れ。もう、地力が爆発したという感じですね。ちなみに、この本は今年、山本周五郎賞をとっています。ぼくは選考委員の1人だったんですが、こんな感じで選評を書きました。「細部の書き込みがすばらしくて読ませる。文章のどこからも作者の言葉があふれてくるようだ」。それと、主人公の1人が、ネットでブログをあげている、ぐうたら主婦という設定なんですけど、「ネット人格を書くのがうまい」とも書いていて、あれやこれやと褒めていますね。今年の直木賞の候補にも入っていました。

柚木さん自身は、とてもナチュラルに、生まれつき言葉があふれてくるような力のある書き手なんですよね。野球選手に例えると、線が細くて、コツコツ練習を重ねてヒットを量産するような、職人型の選手っているじゃないですか。でも、柚木さんの場合は違っていて、生まれつき体がどんと大きくて、西武の「おかわり君」中村選手みたいな感じですね。最初から飛距離がすごくある、パワフルなホームランバッタータイプなんです。実は、そういうパワフルな男性作家って、今、すごくすくないんです。男性作家は、線が細くて、ヒット型。反対に女性作家はこういう、振り回してくる長距離型っていうのが面白いですね。

柚木さんと、この前話したんですけど、「自分は今まで、人に期待されるものを書いていくということが仕事だと思っていたんだけど、この本になったときに、ちょっとそういう枠を外して、自分の好きなものを思い切り書いてみようと思った」と言っていたんですよ。それが彼女にとってブレイクスルーになったんですね。初めて自分を縛っていた鎖から解き放たれたんじゃないですかね。それが作品の勢いにもなっています。商社に勤めていて、才色兼備であらゆることができてしまう美人の栄利子というOLがいるんですよ。その栄利子がなぜか、ぐうたら主婦ブログで人気の翔子と親しくなります。「自分はなにもかも持っているのに女の友人だけは持っていない。だから、この子と親友にならなきゃいけない」というふうに栄利子が思い込むんです。そこから、ストーカーのような、相手への恐ろしい支配が始まるんですね。装丁だけ見ると爽やかですけど、どんどん怖い話に展開していくので、ある種、女性の友情をテーマにしたホラーものと言えます。女の友情が入口で、最後はスティーブン・キングの「ミザリー」になるようなイメージです。

個人的に印象に残ったシーンを紹介します。翔子という、人気ブロガーの父親がとんでもなく嫌な父親なんですよ。それで、翔子はふるさとでどうしようもない暮らしをしている父親を見捨てようと思うんです。そんなときに、父親が脳出血で倒れて、意識不明の重体になり、病院に入院する。その父親の足を洗ってあげるというシーンがあるんですけど、そこは切なかったですね。ていねいに洗ってあげるんですけど、「自分はあなたのためには生きないし、これから1人で生きていく」と言って、ちゃんと父親に別れを告げるんです。その場面がよかったですね。

勢いに乗るたくさんの新鋭作家の中でも、柚木さんが一番、力があると思いますね。新人作家でたまたまポンと当たる人、いるんですよ。でも、ちゃんと書き続けて成長していけないことが多いんです。やっぱり、ある程度書き続けてきた中で伸びてきている人というのが、ぼくなんかは一番面白く感じますね。

『ナイルパーチの女子会』[著]柚木麻子(文藝春秋)
book_img_s

top01

石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』

2015年08月14日 Vol.003 目次

00 PICK UP「パラレルワールドの存在を信じますか?」
01 ショートショート「今夜、近くのバーで」
02 イラとマコトのダブルA面エッセイ〈3〉
03 “しくじり美女”たちのためになる夜話
04 IRA'S ワイドショーたっぷりコメンテーター
05 恋と仕事と社会のQ&A
06 IRA'S ブックレビュー
07 編集後記

kinei大好きな本の世界を広げる新しいフィールドはないか?
この数年間ずっと考え、探し続けてきました。
今、ここにようやく新しい「なにか」が見つかりました。
本と創作の話、時代や社会の問題、恋や性の謎、プライベートの親密な相談……
ぼくがおもしろいと感じるすべてを投げこめるネットの個人誌です。
小説ありエッセイありトークありおまけに動画も配信する
石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』が、いよいよ始まります。
週末のリラックスタイムをひとりの小説家と過ごしてみませんか?
メールお待ちしています。
banner
http://yakan-hiko.com/ishidaira.html

石田衣良
1960年、東京都生まれ。 ‘84年成蹊大学卒業後、広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターとして活躍。 ‘97年「池袋ウエストゲートパーク」で、第36回オール読物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。 ‘03年「4TEENフォーティーン」で第129回直木賞受賞。 ‘06年「眠れぬ真珠」で第13回島清恋愛文学賞受賞。 ‘13年「北斗 ある殺人者の回心」で第8回中央公論文芸賞受賞。 「アキハバラ@DEEP」「美丘」など著書多数。 最新刊「オネスティ」(集英社) 公式サイト http://ishidaira.com/

その他の記事

「あたらしい領域」へ踏み込むときに行き先を迷わないために必要な地図(高城剛)
東芝「粉飾」はなぜきちんと「粉飾」と報じられないか(やまもといちろう)
リフレ派の終わりと黒田緩和10年の総括をどのタイミングでやるべきか(やまもといちろう)
花粉症に効く漢方薬と食養生(若林理砂)
ビジネスに「自己犠牲」はいらない! ーー私たちが「社員満足度経営」にたどり着いた理由(鷲見貴彦)
無意識の中にある「他者への期待」–その功罪(名越康文)
名越康文メールマガジン「生きるための対話」紹介動画(名越康文)
「奏でる身体」を求めて(白川真理)
食えない中2はただの中2だ!(家入一真)
コロナはない国、タンザニアのいま(高城剛)
フランス人の「不倫」に対する価値観(石田衣良)
日本人は思ったより働かない?(高城剛)
継続力を高める方法—飽き性のあなたが何かを長く続けるためにできること(名越康文)
私の出張装備2016-初夏-(西田宗千佳)
岸田文雄政権の解散風問題と見極め(やまもといちろう)
石田衣良のメールマガジン
「石田衣良ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』」

[料金(税込)] 880円(税込)/ 月
[発行周期] 月 2 回以上配信(メルマガは第 2・第 4 金曜日配信予定。映像は適宜配信)

ページのトップへ