やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

参院選で与党過半数割れしたら下野を避けるため連立拡大するよという話


 俺たちの岸田文雄がさいたまでの講演で「まあそりゃそうですね」という話を堂々と正面からお話になられ、みんな「ですよねー」となっておるわけです。

参院過半数割れで政権交代も 自民・岸田氏

 まったく異論はございません。

 7月の参院選を前に、政治情勢が大きく揺れ動いているのもまた事実なんですが、今回岸田文雄前首相が先日さいたま市で行った講演で思い切り参院選での与党過半数割れの可能性に言及し「政権交代も起こり得る」という危機感をあらわにしたのは至極まっとうな話ですから、来るべき話が来てしまったという感じには当然なります。

 衆院で既に少数与党となっている現状を踏まえて、岸田さんは「参院の過半数を確保した上で、野党とどう連携するか。連立も考え直さなければならないのではないか」と述べ、連立政権の枠組み拡大の必要性を強調した、ということは、もういろいろ話始めるタイミングだよねということでもあります。この発言は、現在の自公連立体制(あくまで自公だけ、という意味)では政権運営が困難になりつつあることを示唆しており、政界では早くも連立再編に向けた議論が活発化せざるを得ません。もうちょっと余裕があれば各党で浮いている人物を一本釣りして徐々に拡大という手間も取れたんでしょうが、まあなかなかむつかしいでしょうね。

 その点で、今回焦点となる参院選の結果次第では、連立の組み換えが現実味を帯びてきます。この場合、あくまで大前提が、自由民主党と公明党の連立は維持したうえで、その枠組みにどこか適切なサイズでお互い約束を守ってくれるであろうと期待できる野党のどこかひとつを選んで連立に加える、というアプローチです。なんか一部では「自民党が公明党を切って立憲と連立政権を作る」なんて絵空事のような話が出てきていましたが、そんなこと微塵も検討してねーから。公明党とはズッ友だから。

 で、その際の選択肢は大きく分けて二つの方向性が考えられます。一つは立憲民主党との大連立構想です。これまで対立してきた最大野党との連携は、政治的インパクトは絶大ですが、政策面での調整は困難を極めるでしょう。どの大臣の椅子を譲って話を進めるかもありますしね。

 もう一つは国民民主党や日本維新の会との連携による、いわゆる小手先の数合わせです。こちらは政策的な親和性は高いものの、議席数の確保という観点では限界があります。

 ただですな、こうした連立再編を考える上で最も重要な問題は、石破茂政権そのものの方向性が見えないことです。なんつーか、石破さんって何したいんだか私らですらよく分からんのですよね。総裁ではなく総理大臣としての石破茂さんは、間近で見ていると、思った以上にロジカルで議論がうまく、粘り強い政権運営ができているという評価が強くあります。まあ、私もそう思います。というか、最初のころは「大丈夫かこの人」と思ってたんですが、いざ通常国会を超えて予算編成も乗り越えてみると、割と適応力高いじゃん、という。そのうえで、正直かつ誠実な人柄であることは間違いなく、弱い立場の人への共感力も高いレベルで備わっていることから、ひめゆりの塔への献花に見られるような細やかな気遣いや目配せもできる政治家です。

 しかし同時に、非常に原理原則にこだわる筋論の人でもあります。この原理主義的な姿勢は、時として政治的柔軟性を欠く結果を招き、政権として国をどの方向に導きたいのかというビッグピクチャーが見えてこないのが最大の難点となっています。なんか変なことがあるとね、普通は困って右顧左眄することもあるんですが、石破茂さんの場合はキリスト者らしく「これは試練が来た」と喜んじゃうところがあるんですよ。肉体的にも疲れてきているんだろうけど、その点では非常にタフなのが印象的な一方、見ていて本当に「この人は何をしたいんだろうか」とか「いま何にこだわってるのかな」などと思ってしまうのも事実です。

 何をしたいのかイマイチよく分からないという点では、前任で今回の連立枠組み追加をぶち上げた当の前政権の主・岸田文雄師匠も、当初は同様の課題を抱えていました。デジタル田園都市構想や新しい資本主義など、なんとなくそれっぽい様々な政策を打ち出しながらも、結局何をしたいのかがイマイチ伝わらず、テーマ性が不在でした。私も文春記事などではさんざん書きましたが、いまでも思い返して感じるんですが、あのとき「岸田文雄はこれがしたかったんだ」と明確に理解して説明できる人、おられます?

 しかし岸田さんは、政権運営を通じてどうやら減税メガネ批判からの「定額減税」を経て、後に「賃上げ」にフォーカスすることで、ある程度の方向性を示すことができました。あれはさすがに賢いなと思った次第です。その中で、石破政権はそれ以上にビジョンの曖昧さが目立つため、連立の組み換えをするにしても、どの目線で行うのかが見えないと、連携を検討する政党側も判断に迷うことでしょう。せいぜいあるとしても日米関税問題と安保関係なのですが、NATOで防衛費増額を強要されて飲まされるかもしれないと察知して参加を見送るなどのことはやれども、じゃあ日本の防衛はどうするのかというグランドデザインは石破茂さんの口から直接語られることは現段階ではまだないのです。

 一方で、現在の連立パートナーである公明党にも大きな変化が見られます。山口那津男さんのご勇退、その後代表となった石井啓一さんの落選からの登板となった斉藤鉄夫さんが代表になってから、支える創価学会をはじめとする関係団体の高齢化も踏まえ、党勢の衰退に強い危機感を抱いています。その結果、これまでだったら絶対に言わないような減税政策にまで踏み込み、ポピュリズムも厭わない方針に転換しています。皮肉なことに、この変化により自民党の方が圧倒的にリベラルで左派的な政策を志向するという逆転現象が生じています。いわば公明党以上に左寄りで、社会保障重視の姿勢を示すようになったのです。

 こうした政治情勢の中で、今後のキーマンとなるのは幹事長の森山裕さんと小泉進次郎さんであることは間違いのないところでしょう。「実質的に森山政権だ」と言われるほど、政策の着地については森山氏の意見が重視されるようになっています。森山さんは幹事長として長年ずっと党人派として歩んでこられ、今回筆頭として高い信頼を得ていますが、あくまで党内調整に長けた政治家であり、政策諸般に本当に通暁しているわけではありません。そのため政策判断における振れ幅が大きくなってしまうのが難点です。なんだかんだ農水族としての側面も今回のコメ騒動でのぞかせるほど、本来の意味でのオールド自民党的政治家の典型であるとも言えます。

 かたや、緊急登板でうまいこと乗り切った小泉進次郎さんは若手世代の代表格として、党の将来を担う存在と目されています。その発言力と影響力は今後さらに増していくと予想され、声望も上がってきたことで連立再編においても重要な役割を果たす可能性があります。ただし、小泉さんもまた明確な政策ビジョンを示すことができるかどうかが問われています。石破茂さんが原理原則の人としてあまり長期ビジョンを示さない人物であるのに対し、小泉進次郎さんの場合は、あの、まあ、なんというか、そういう感じなので、こっちはこっちで「これからの日本はこういう道を歩むのだ」とはよう言わんのだろうなと思うわけです。ええ。

 なので、参院選の結果は、単に議席配分を決めるだけでなく、今後の日本政治の枠組みそのものを大きく左右することになるのは間違いありません。岸田さんが「与党(自公)で過半数を取れなければ連立の枠組みが云々」というのは、裏を返すと、現段階で自公で過半数は微妙よなということでもあります。その場合、敗戦として石破茂政権が総辞職し総裁選を経て新たな総理大臣を選出するにあたり、連立の枠組みを作り直すキーマンとして岸田さんが出てくることも予想されます。もちろん、自公で若干過半数割れしたんだよ、ということであれば、石破茂さんが総理留任し、居座り批判を受けながらも連立の組み換えに駒を進める運びもあり得ましょう。与党が過半数を維持できるかどうかはもちろん重要ですが、それ以上に石破政権がどのような政治的メッセージを有権者に伝えることができるかが試されているのです。

 そんなわけですから、要するに暑い夏になるんだろうなと思いつつ、ある程度、参院選で結果を残せたら秋の臨時国会後に乾坤一擲の何かをやろうかという話も出てくる可能性もないではありません。私の年末はどうなってしまうのか、個人的にも非常に気にしているところではございますが、まあ頑張っていきましょう。
 

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Vol.481 参院選与党過半数割れの可能性を憂えつつ、日本が科学技術立国として発展していくためにあるべき留学生制度やSNSデマ問題を考える回
2025年6月28日発行号 目次
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【0. 序文】参院選で与党過半数割れしたら下野を避けるため連立拡大するよという話
【1. インシデント1】排外主義的政策が招く科学技術の孤立化への懸念
【2. インシデント2】草刈り場と化して久しいSNSに昔のような平和な日々は戻ってこないのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】「生活保護の高齢者を奪い合い」一人あたり年1,400万円を吸い上げるホスピス型住宅のヤバさ

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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