小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

なぜアップルのユーザーサポートは「絶賛」と「批判」の両極の評価を受けるのか

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年7月10日 Vol.042 <鬱陶しい話の詰め合わせ号>より

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できるならお世話になりたくないが、時と場合によってはお世話にならざるを得ないもの、それが「ユーザーサポート」だ。特に、修理や不具合についてのサポートは、そもそもが不快な体験であり、快適な思い出であるほうがまれだ。

ユーザーサポートについては、絶賛される企業とそうでない企業がある。だが妙なことに、特定の企業は「絶賛」と「批判」の両方が存在する。たとえばアップルはその好例だろう。たまたまSNS上で、2人の知り合いがそれぞれ別件でアップルのサポートについて話していたのを見た。そのコメントは、まさに「絶賛と批判」の両極端だった。

絶賛するのはアップルが好きな人で、批判するのはそうでない人……と考えがちだが、これはそういう話ではない。近年の海外企業、特にデジタルデバイスを扱う企業の場合、こうした両極端なサポート体制になりがちなのである。理由は「シンプル化」だ。

絶賛する人のパターンはこうである。

「iPhoneが故障した。アップルストアでサポートを依頼すると、すぐに交換になった。トラブルがすぐに解決して快適、話も早い」

批判された場合にはこうなる。

「アップルストアでサポートを受けたが、結局同じことしか言ってくれず、問題を正確に把握してくれない。状況を正確に理解してくれる人に話が通じるまでに時間がかかり過ぎた」

両者の共通点はおわかりだろうか?

実はどちらも、対応するスタッフは同じことをしている。顧客の話をきくものの、あまり複雑なことは考えず、機器の交換や引き取り修理で対応しているのだ。その対応でうまくいった場合、機器が新しくなる上に解決までの時間も短いので「絶賛」になるが、少しでも複雑な問題になると適切な対応ができなくなり、逆に顧客満足度を下げているのである。

こうしたやり方を「シンプルすぎる対応」と批判するのは簡単だ。だが、スマートフォンを中心としたIT機器が急速に普及し、トラブルの件数も増える中では、こうした対応にも一理ある、と言わざるを得ない。

トラブルのうちの多くが「シンプルな相談」であり、次に多いのが「機器の故障」である。前者は適切なマニュアルがあれば対応できるし、後者は、原因究明を後回しにして「完動品と交換」という手続きにすればショートカットが可能だ。特に、ハードウエアの製造がシンプル化し、「組み立てるのは容易だが分解するのは面倒」な製品が増えている現状では、修理手続きよりも交換の方が、全体コストは下がる。

本来ユーザーサポートは、ひとりひとりの問題をきちんと分析し、最適な答えを出すべきものだ。だが、一人一人に対する適切さよりも、大多数を占める「解決方法がシンプルな人」に特化した体制を採る方が、トータルでのサポート時間は短くなり、満足度が上がる。サポート拠点や人員を拡充する場合でも、担当者に複雑な判断やスキルを求めない分だけ、素早く展開できる。一方で、サポート人員のスキルは上がらないので、複雑なトラブルを抱えた人は「ハズレ」を引く確率が上がり、トラブル解決までの時間は長期化する。

アップルストアのサポート拠点は「ジーニアスバー」と名付けられている。元々は、マックについて知識豊かな(=すなわちジーニアスな)スタッフが常駐して解決を助けて満足度を上げる、という仕組みであったが、アップルのビジネスがiPhone軸に移っていき、サポートを必要とする人々の数が劇的に増えたあたりから、その性質が変わっていったと認識している。

こうした「シンプル化を軸にしたサポート体制」は、アマゾンなども採用しているものだ。「8割の人々の満足度とスピードを重視する」体制は、現在のトレンドといっていい。

それに対して、日本メーカーで見られる古典的なサポートは、絶賛の声を耳にしづらい一方で、極端な不満の声も少ない。なぜなら「確実な解決を目指す一方で、全員にある程度の負担を強いる仕組み」に近いからだ。

こうした体制のサポートでは、まず状況を細かく聞かれる。自分の症例にはあまり関係ないだろう、と思われる部分についてもだ。交換などについては軽々に判断しない。その場で解決できる方法がないか確認したのち、改めて交換や修理のステップを踏む。時間がかかるだけでなく、機器の送付に手間が掛かる場合も多い。一方で、難しい問題に直面した場合にも、その場である程度状況を切り分けた上で、本当に対処が難しいものは、より上位のスキルを持つ担当者へと引き継ぎ、解決を図る。難しい問題も解決の可能性が高まるわけだ。

筆者が体験した例を挙げよう。

ある日、自宅のネット回線が不調になり、間欠的に切れるようになった。いくつかチェックしたのち、ISPへの問い合わせの連絡をした。ISPのサポート担当者は、当然まずは基本的な設定をうたがう。だが、そこは事前に切り分けていることを伝えると、「では、より専門性の高いサポートができるものに変わります」といい、担当者が切り替わった。出てきた担当者は、今度は相当に技術がわかる人のようだ。こちらの状況を伝えると、いくつか専門的な設定と数値の状況を確認した上で、「自社側のトラブルの可能性があるので、確認の上折り返させてほしい」と言われた。

その通りにすると、実際のところ、先方でのトラブルが発見されたようで、15分から20分後には、解決した旨の電話連絡があった。トータルでは30分程度の対話だったが、どこにもよどみがなく、不快な部分がなかった、と感じたものだ。

だが、また別の日にサポートを依頼した時は、状況がまったく異なっていた。

まず、最初の担当者がおなじことを何度も確認する。マニュアルで「この部分をこう聞きなさい」と指示されている内容を、愚直に繰り返しているようだ。その後、技術担当に代わった後にも、こちらの情報がきちんと引き継がれていなかったらしく、再び同じ説明を繰り返すことになった。結果的に問題は解決したのだが、前回とは打って変わって、あまり快適な体験ではなかった。

違いは、前段を担当したスタッフの技量にある。技量が未熟なスタッフが「できるだけ自分のところで解決しよう」として果たせなかった結果、時間を無駄にして不快な思いをさせたわけだ。この種のサポートで満足度を上げるには、「いかに症例を切り分けるか」「問題解決が難しい場合、いかにすみやかに上位の担当者へとエスカレーションするか」が重要だ。ここの最適化がうまくいくと、全体負担が減り、トータルでの満足度が上がる傾向になる。サポートスタッフが皆ハイレベルであれば、こうした対応は容易に実現しうるのだが、世の中そうそう上手くはいかない。

思うに、アップルが採っているような策は属人性が低く、日本メーカーが採っている策は属人性が高いのだ。本来は、「シンプルな判断にハイレベルなサポートスキル」の組み合わせが望ましいが、それが容易にはかなわない以上、とりあえず、「できる限り多くのサポート対象顧客を待たせない」方に振る……ということなのだろうと判断している。

全体最適型のサポートコストは、もう割に合わないのだろう。そろそろどこかで「受益者負担の原則」を導入しないと、より不公平感が強くなるし、サポートを受ける人も快適な体験をするのが難しくなる。かといって、ライトな人々だけを重視し続けると、トラブルを抱えた「本当に深刻な人」を満足させられなくなる。特に今後は、SIMフリースマホやMVNOなどで、コストに応じたサポートが必須のものとなる。

どうにも隔靴掻痒で、きれいにまとまる答えはない。だが少なくとも、「シンプルにできるところはシンプルに答える」というあり方は、もっと日本の企業にもひろがって欲しい、と筆者は考えている。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年7月10日 Vol.042 <鬱陶しい話の詰め合わせ号>目次

01 論壇(小寺)
 静かな船出となった第1回保護利用小委員会
02 余談(西田)
 サポートでは「誰を大事」にすべきなのか
03 対談(小寺)
 救急という視点から見たドローンの未来(2)
04 過去記事アーカイブズ(小寺)
 日本式コンテンツ利用への序章
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)
07 今週のおしごと(小寺・西田)

 
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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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