やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

競争法の観点から見たTwitter開発者契約の不利益変更とサードパーティーアプリ禁止問題


 国会が始まってクソ忙しいところでこの問題が始まり、ああいよいよだなと思う面も強いところではございますが、ついに始まりましてございます。

Twitter、「開発者契約」を密かに改定し、公式にサードパーティアプリを禁止

Twitter、サードパーティアプリ停止は「APIルール施行の結果」(どんなルールかは説明なし)

 これの何が駄目だってまあ全然駄目なんじゃないかと思うんですが、アメリカ当局もさることながら、日本の独禁当局もまたおそらく何もできないままになってしまうのではないかと怖れる事態になっています。

 まず、当然のことながら不利益変更をしれっと開発者契約の中に織り込んできたのは「Twitterにはまともな法務がいないの?」ってレベルの悪手でありまして、さっそくアメリカでは裁判になるようです(本当にやるかどうかは知りませんが)。

 ITジャーナリストの山口健太さんの記事でもこのあたりのテック業界側の情緒的な問題についてはかなり網羅されていますけれども、これは反発云々というより優越的地位の濫用や不利益変更に対して巨額の賠償金を取られるレベルのやらかしなのであって、正直次元が違うんじゃないかとすら思うわけですよ。

Twitter「外部のクライアントアプリ禁止」に大きな反発。影響は?

 メルマガでも何度も書いてますが、この手のプラットフォーム規制については本件に関して大きく二つの論点があると思っていて、ひとつは私人間効力、もうひとつはTwitterなどオンライン上の言論空間は競争法上の目的そのものなのか付随的なものに過ぎないのかという論点です。

 憲法と競争法の観点からプラットフォーム規制を見ようという話はかねて盛り上がっておりました。が、ここに来て、インターネットガバナンスのような技術界隈、技術を扱う政策界隈の論点に加えて憲法が認めている国民の個人の尊重について、単に国家権力が国民に対して暴力的にこれを行わないことを約束しますよという話だけでなく、国民対国民、あるいは法人との関りにおいて民事的な扱いである事象に対しても、国家は社会が国民にとって個人の尊重の原則がきちんと行き渡るように護持し政策を充実させなさいよという事案へと発展していきました。

 すなわち、憲法で認められた日本国内における国民の平等な個人の尊重を守るために、政府はプラットフォーム事業者に対しても然るべき監視や働きかけを行い、平等な競争環境を実現するために力を尽くしなさいという流れになりそうだなあという点です。言わば、いままでそこまで重視されてこなかった憲法と競争法の間がネット社会の成熟とプラットフォーム事業者の問題が起きたことからこのあたりの議題が開発されたことになります。

 そして、言論空間って競争法上の目的なんだったっけねという話です。これも昨今トランプ大統領がやらかして問題がクローズアップされた面はありますが、プラットフォーム事業者が自分たちの仕事を上手く運ばせ利益を出すために、エコーチェンバー的な振る舞いを活用し国民が好むであろう表示順位をアルゴリズムで生成し、多くのコンテンツを費消して広告を見たりネット経由でモノを買ったりという活動を最大化させる方向で機能してきました。

 日本でも、食べログ訴訟でカカクコムが飲食チェーンの韓流村との裁判において、その評点の付け方で広告出稿との関連で不透明なアルゴリズムが指摘されて地裁敗訴しているという事例もありました(控訴中)。恐らく最高裁まで行くであろうことを考えれば、プラットフォーム事業者が活用するアルゴリズムの透明性の問題は、論点としてはこれからでしょうが、やはり透明性と納得性をいかにオンラインサービスは担保するかが明らかでない限り、民主主義をも守りアルゴリズムによる不当な判定結果で不利益を蒙らない利益を競争法の観点から追求していくことになるのではなかろうかと思います。

 翻って、今回のTwitter社による開発者契約の不利益変更やアルゴリズムの問題は特に、米FTCに直結する問題なうえに、積み重なるようにサードパーティー製アプリのパージが発生してしまったためこれはもうTwitter社自身がなかなか法的な対処を適切に行える環境にすらなくなりつつあるとも言えます。Tesla社を成功に導いたイーロン・マスクさんの経営者としての天才性とはまったく別の意味において、法的実務面でこれはヤバイという境地にまで辿り着いてしまっていることを考えると、ちょっと抜き差しならない事態に陥っているのではないでしょうか。

 とりわけ、いまの日本の公正取引員会において、仮にプラットフォーム事業者のアルゴリズムに課題があるとして立入検査をしなければ日本人の権利が守れないよといったときに、国内法人の塩対応も含めた域外適用だけでなく、アルゴリズムの公正性や透明性をどの様な形で担保するのかというのは喫緊の課題となります。要は、何をもって公正とするんですか、どこまで日本人ら利用者に対してアルゴリズムがオープンであれば適正で透明性が確保されたとするんですかという線引きがまだ見えてきていないうちに先にTwitter社などが炎上してしまっているのが現状ではないかと思うのです。

 法的なバックグラウンドについて、特に人工知能と教師データ、著作権に関する議論は、まあまあ深まってきている… はずなのですが、昨今のAI利用による画像や音声、音楽、映像などの制作技術の進展には驚くばかりです。そこまで来てしまったかという出来栄えのものも多数あります。しかしながら、それらのデータがアウトプットとして出てきて凄いですねと言いつつも、そのアウトプットは果たして妥当な利活用の結果なんですかというのは問われなければなりません。他方で、これだけの技術発展がある以上は、馬車から自動車へ進歩するにあたっての赤旗法のようであってはならないとも思います。

 この辺は議論を急ぐ必要はありつつも、しかし国家と国民とプラットフォーム事業者とが扱う大事なデータという資源の最適分配をどうするかという内容ですから、単にまたイーロン・マスクが変なことをしているということでは済まない問題になってきているのではないでしょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.393 ツイッターサードパーティーアプリ禁止は何が問題なのかを考えつつ、三浦夫妻をめぐるあれこれやマイクロソフトのAI路線について触れてみる回
2023年1月26日発行号 目次
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【0. 序文】競争法の観点から見たTwitter開発者契約の不利益変更とサードパーティーアプリ禁止問題
【1. インシデント1】私が見た三浦瑠麗・清志事件の構造
【2. インシデント2】OpenAIはMicrosoftの救世主となるのかどうか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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