やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

何でもできる若い時代だから言えていたこと



 静かな年末を迎えております。みなさまは如何でしょうか。

 仕事柄、あまり労働基準監督署にお世話になることは少なく、17年ほど前父親が経営する会社をひとつ畳むときに従業員が解雇に反対して役所に相談したので事情を説明しに行ったことがあるわけです。

 ちょうど先日、自宅の書類を整理していたときに、当時私が書いた(手書き!)の書類の下書きが出てきて、思わぬタイムカプセル風に置き忘れていた自分を思い出す機会を得ました。本来であれば、感動とか興奮とかするのかもしれませんが、これがもし17年前の自分でなかったらネットで晒して罵倒するぐらいの勢いで自分勝手な内容であって、しかもその書類が一部そのまま役所に渡ったのだということを思い出して顔真っ赤になるわけであります。メルマガの冒頭で「自分も昔はワルかった」と悪びれもせず申し上げるつもりはないのですが、自分で読んでてこれは無いわー、相手めっちゃ怒るわーと思ってですね。

 要旨としては経営が立ち行かないので事業を解散するにあたり、子会社への転属を容認しなかった社員22名ほどを解雇申し渡しし、当時必要であった雇用調整金を割り増しで支払う話をしたのですが、何か問題あるでしょうか、という内容です。まあ、当時は光通信株を利益確定で処分して少し自分がハイになっていた時期だと思い返すわけですけど、経営者の身勝手な論理ではあるなあ、いまでこそ偉そうにあれこれ言えるけど20代のころは酷いもんだったなと感じます。

 いきがったりビビったりしてここまでやってきたわけですけど、順風満帆とは言えないまでも後悔のない人生を送ってきた私としては、確かに当時、死ぬほど働いてナンボだから働き詰める社員が欲しいと願っていました。いまにして思えば、そんなものは経営者の怠慢であって、創業のメリットとリスクのバランスが取れているならともかくサラリーで働いている人たちが家族を捨てて仕事を取ることを望むほど社会悪な話もないわけです。せいぜい時間内に成果出せるよう頑張れぐらいのことは、いまであれば言うでしょう。

 ただ、その当時すでにある程度投資がうまくいって、一人で生きていくんだと決意していた自分にとっては、成果を出せない他人との付き合い方に苦労していた記憶がありますし、同じように投資でうまくいっている同年代のやり方を横目で見ながら「絶対彼らとはつるまずに自分流で生きていこう」と大きく舵を切っていました。一匹狼と言えば聞こえは良いのですが、要するに私は人の上に立つような人間ではないことは当時から自覚していたし、その後に脳動静脈流奇形という難病が頭の中に発見されてからは、ただでさえ体力がないこともあって「なるだけ身体が疲れないで長く続けられる生産性の高い仕事や得意な作業」に特化してそこから一歩も出るまい、と決めたわけであります。

 その代わり、自分のために働いてくれる人はどうしても必要になります。請求書は出さないといけない、契約書は管理しないといけない、知的財産や海外折衝の取りまとめでは現地の法律事務所とやり取りしないといけないし、いろんな国で税金を納めるわけですからファンドにも会社にも相応のスペシャリストは要るのです。

 その結果、蓋を開けてみたら現地で交渉して最後に条件を詰めて帰ってくるとか、大口の方針を決めて今後活用しないであろう資産は損があっても処分するとか、ストレスフルで頭も目いっぱい使うけど重要な仕事ほど、体力的な面の問題はそう大きくなく、長時間の移動を快適に、かつ生産的に過ごすための工夫さえすれば辛くないことが分かっていくのです。

 私はモノを書くのが好きですが、いろんなところで大量に文章を寄せているので「どうやってそんなに執筆できるんですか」みたいなことをいわれるんですけれども、実際にはそういう移動の時間を細かく使って書くものの構想を練ったり調べ物をしたり執筆したりTwitterで誰かを煽っていたりします。脳と指先さえしっかりと動けば、体力的に最も充実していたであろう20代のころよりもはるかに高い作業効率と生産性を生むことができるのだと思います。

 ただ、人生最大の収益という点で言えば、圧倒的に若いころに稼いだ投資の結果で現在があるのは事実です。どんなに頑張っても20代のころの思い切った勝負ができず、その代わり、堅実に利益を上げたり、危険なものを除いて適切に相場を観たりするようにはなりました。もっとも、うまくいっていると自画自賛するのは思い上がりであって、先のことなど分かることは何一つありません。相場観はあっても、私はあまり具体的な投資環境について、ネットなどで大っぴらに書くようなことはなるだけ控えるようにしています。

 突き詰めれば、20代には20代の生き様があり、40代には相応の熟練が積み重なって、プロフェッショナルの人生なのだろうとは思います。労基署に喧嘩売るような文書作ってた自分を思い返すと、喧嘩を売る方向が変わったなあ、もう少し社会全体の中の自分を客観的に見るようになったなあと感じつつ、いやー、しょうもねえなあ、そりゃエネルギー持て余して2ちゃんねる手掛けたりするわ、と感慨深くなるのでありました。

 読者の皆様もいろいろなご経験の上に現在があるとは思いますが、来年はいままでの積み重ねをさらに厚みを加えられる一年にしていただければと存じます。良いお年を。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.176 2016年もそろそろ終わりですが、年の瀬にこれまで来た路を振り返りつつ、これからのより良き社会への路を思案する回
2016年12月27日発行号 目次
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【0. 序文】何でもできる若い時代だから言えていたこと
【1. インシデント1】年末に微妙な話のあれこれ
【2. インシデント2】2017年トレンド予測:風雲急を告げる自動車関連ビジネスの動き
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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