「川のこちら側の自分」をつくる
もうひとつ、大事なことがあります。それは、「川の向こう側の自分」とは別に、「川のこちら側の自分」をつくってしまう、ということです。つまり、偽の自分をつくって演じる。これって一般的にはずるいこと、と思われがちですよね。あるいは、「本当の自分が出せない」って苦しんでいる人にとっては、「偽の自分をつくる」なんて、苦しみを増すだけだと思うかもしれません。でも、意外とやってみると、しっくりいくことが多いんです。
以前、過剰適応で、相手が望むような自分を演じてしまって本音が出せなくて苦しい、という方に「では、あたかも本音を語っているような自分を演じてみてはどうですか」とアドバイスをしたことがありました。本音を言えない人というのは、単に「本当のこと」が言えないのではなくて、本音をどんな声色で、どんな身体にのせて言うのかがわからない。だから、そうやって「本音を言っているときの自分」を演じてみることで、ブレイクスルーを果たす人もいます。
あなたはいま、「つまらない世界で、つまらない自分を演じさせられている」と絶望しているかもしれません。でも、つまらない原因の1つは「演じさせられている」からかもしれない。自分にとって本当に大切な自分は、川の向こう側にちゃんといるわけですから、川のこちら側では、川のこちら側に合った自分を作って、きちんと、心血をそそいでそれを演じてみる。そうすると、かなり自由な世界が開けてくる可能性はあります。
「川のこちら側」である現世にいるときに、川の向こう側にいる「本当の自分」をわかってほしい、と四六時中思っていると、あまりの伝わらなさに疲れ果ててしまいます。だから「世をしのぶ仮の姿」ではありませんが、「川のこちら側」の自分を、しっかりと作ってしまう。これは、あなたのように自分だけの世界を持っている人が現世で生きていくうえで、すごく大事な構えだと僕は思います。
向こう側とこちら側を行き来する力
自分の世界を伝える力を鍛えることと、現世を生きるために架空の自分を演じること。この2つに真摯に取り組むことができると、不思議と、「川の向こう側」と「川のこちら側」の間に、橋がかかる瞬間が増えてきます。そうすると、「川の向こう側」の世界をさらに深めながら、現世で生きていく気力がわいてくる。少なくとも、その可能性は開けてくると思います。
<名越康文メルマガ『生きるための対話(dialogue)』Vol.2、「カウンセリングルーム」より>
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