※宇野常寛のメールマガジン「ほぼ日刊惑星開発委員会」2015.9.14 号外「東京オリンピックを痛快に破壊 ――アナウンサー吉田尚記は なぜ"テロ計画" を考える?」より
『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』
2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について4つの視点から徹底的に考えた一大提言特集『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(以下、『P9』)。その『P9』の中から、特に多くの人に読んでほしい記事をチョイスし、本日より毎日夕方17時に無料公開していきます!
第1弾となる今回配信するのは、「よっぴー」ことニッポン放送アナウンサー・吉田尚記さんによる、本誌内の特集「セキュリティ・シュミレーション オリンピック破壊計画」に寄せた序文です。
この企画を私が初めて耳にしたのは、ラジオだった。宇野常寛氏は、弊社ニッポン放送で2013年4月から2014年3月まで金曜深夜3時からの『オールナイトニッポン0』を担当してくれていて、私が氏と知己を得たのは、この番組を通してである。
そして、この「東京オリンピック破壊計画」が発表されたのは、まさにその『オールナイトニッポン0』の生放送においてだった。金曜日の深夜3時過ぎ、制作部で仕事をしながら氏の放送を聞いていて、この企画タイトルを聞いた瞬間、衝撃が走った。「東京オリンピック破壊計画」という短い言葉が宿している意味、時代性、批評性。深夜放送というものだけが今でも持ちえているメディアの本質たる反権力性、危うさを体現していた。私は5階の制作部から、CMを迎えた生放送中の4階第2スタジオに駆け込み、宇野氏にその言葉から一瞬にして想起した様々なイメージを、一方的にぶつけたのだった。
ファーストタッチの瞬間から熱がこもった本企画だったが、一歩引いて冷静に見ても、その構造は優れていた。宿していたのは、「痛快さ」だ。
まず、「オリンピックを礼賛しなければならない」という同調圧力に対して反抗心を感じる人間が、拠り所となり得る唯一の企画である点。この企画は、言ってしまえば文化系少年少女の「運動会なんて知らないよ!」というルサンチマンめいた気持ちにドライブされていることは間違いないのだ。こういう企画は、痛快だ。
私は、東京オリンピックの招致が決まった瞬間、駒沢の体育館で、その決定を見守るパブリックビューイングの司会を務めていた。そこに集まっていた人たちは、一人残らず東京への招致を望んでいる。そんな場だった。
しかし私だけがただひとり、イベントの進行の一手先を予測しながらその場にいた。司会として「東京がオリンピックに選ばれない可能性」というものも想定していたからだ。落選の場合、どうやってこの期待を打ち砕かれた人たちの気持ちを慰撫することができるだろうと、脳内でシミュレーションを繰り返していた。
ただ、果たして(めでたく、と言っていいのだろう)東京招致が決定した瞬間、その場の熱狂感は凄まじいものだった。この集団的な狂騒は、正直言って、オリンピックの本場で日本選手が金メダルを獲った時よりも、大きいと思う。
だが、オリンピックが局地的に、とてつもなく大きな同調圧力的に祝福された場所で、ひとり私は飲み込まれなかった。これを体感したとき、この基本的に善意に支えられた熱狂はたいへん危険なものである可能性があると感じたからだ。そして、善意であるがゆえに無批判的な感情に逆らいたい。そういう気持ちが、その瞬間から宿ってしまったのである。これに対するカウンターになるものが必ず必要である、と。
この企画に、指弾されたら言い返せないインモラルな部分があるのは確かである。が、それに対する反論が、本当によくできていた。この辺りに、宇野常寛という人物の視野の広さとクレイジーネスに支えられた、空恐ろしいような賢さを感じるのだが、オリンピックに対するリアルなテロを想像することは、間違いなくセキュリティに資する。たしかに、2020年のオリンピック前後は、ここ数十年の東京で、もっともテロの可能性が上昇するのは間違いないのだ。
この理由は、もちろん社会的に打ち出すときに必要だったし、同時に、少なくとも私に関して言えば、「こんなこと考えちゃいけないかな」と自分の残酷な想像力にブレーキをかけないために重要だった。破壊的な発想こそが、この企画の強度を押し上げるわけで、本来使わない想像力を駆使する「痛快さ」にあふれているのである。
この企画は、フィクションの世界、とくにニッポンのシーンでは失われて久しい、リアル・ポリティカル・フィクションとして成立する可能性を秘めている。
宇野氏も私も、間違いなく、押井守の強い影響下にある。「影響下」なんていうとかっこ良すぎるかもしれないが、要は大好きなのだ!
特に、クラッカーがレイバーというロボットシステムのOSにテロ的なシステムを組み込み、そこから起きる事件と、治安を法の境界すれすれで守ろうとする警察官を描いた『機動警察パトレイバー The Movie』と、個人的な動機から、東京に大規模な破壊や殺戮が伴わない「戦争」という状態だけを招来してみせる『機動警察パトレイバー2 The Movie』である。この2作はいずれも、現実世界にありえない大きな嘘をひとつ映画世界に起こし、そこに対する緻密な仮定を描くことで、現実に自らが生きている世界の危うさを体感させてくれる極上のポリティカル・フィクションだ。
2作は「東京」、特に「湾岸」という、今回のオリンピックで大きな変容が間違いなく訪れる場所が、その舞台として選ばれている。その同じ場所に、2020年のオリンピックという状況を挿入したらどうなるのか。これは、考えるに値する価値があった。大の大人が集まって、真夏の深夜から早朝、お台場を徘徊するような企画まで行われたのは、自分たちが10代から追いかけてきたイメージの中に遊ぶ痛快さが、そこにあったからだろう。
この企画は、オリンピックというものを本質的に捉え直すものでもある。
北京オリンピックの公式レポーターとして、メディアの立場でオリンピックを1ヵ月間取材し、街がオリンピックでどう変化するか(驚くべきことに、北京は大気の状態まで変えた)を体験した。選手と同じフィールドに降り立ち、代表選手や金メダリストにマイクを向けたこともある。だからこそ、オリンピックが持つ問答無用の祝祭感、ストレートに言うのは悔しいけれど、その素晴らしさも体感している。
一方でどんなに入念な準備がされたとしても、人間が企画し運用しているものである以上、どこまでも遺漏がない完璧なシステムというものはなく、ヒューマンエラーもあれば、人間的な粋なはからいがいきいきと作用することがありえるものであることも、皮膚感覚として体験している。
本来オリンピックは、与えられたものを運用しての経済効果で評価されるような、思考停止に近いものではない。スポーツはもちろん、国際関係や人類の未来への思いを馳せる時代の象徴、思考の大きなきっかけだったはずだ。
今さら偽善的なことを言うつもりもないが、私の本音としては、この「東京オリンピック破壊計画」が、2020年の東京オリンピックが無批判に消費されることのないように、オリンピックの本来的な価値を見出すための補助線として機能することを、願ってやまないのである。(了)
▼執筆者プロフィール
吉田尚記(よしだ・ひさのり)
1975年12月12日東京・銀座生まれ。ニッポン放送アナウンサー。2012年、『ミュ〜コミ+プラス』のパーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。「マンガ大賞」発起人。株式会社トーンコネクトの代表取締役CMO。おそらく史上初の生放送アニメ『みならいディーバ』製作総指揮。2冊目の著書『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)が発売3ヶ月で累計12万部(電子書籍を含む)を越えるベストセラーに。マンガ、アニメ、アイドル、落語など多彩なジャンルに精通しており、年間数十本のアニメイベントの司会を担当中。ラジオ、イベントを通して、年間数百人の声優・アニメクリエイターにインタビューしたり、アニメソングのDJイベントを自ら企画・主催したりしている、世界で一番幸せなアニメファン。
アマゾン著書ページ http://www.amazon.co.jp/-/e/B0041LAHFW
Twitterアカウント @yoshidahisanori
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『PLANETS vol.9』は2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について、気鋭の論客たちからなるプロジェクトチームを結成し、4つの視点から徹底的に考える一大提言特集です。リアリスティックでありながらワクワクする日本再生のシナリオを描き出します。
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