川端裕人のメルマガ『秘密基地からハッシン!』Vol.083より、川端裕人×松本朱実さん<『動物園教育で子どもたちがアクティブに! 〜主体的な学びを支援する楽しい観察プログラム〜』をめぐって>を無料公開でお届けします!
第1回
松本朱実(まつもと・あけみ)さん
博士(教育学)。動物教材研究所pocket主宰。学習論を踏まえ、動物や動物園・博物館を教材化した理科教育、環境教育のプログラムデザインと評価、教育コーディネートなどを行う。甲南大学/近畿大学/福山大学非常勤講師(学芸員養成課程 アクティブ・ラーニング担当)著書に『動物園教育で子どもたちがアクティブに! 〜主体的な学びを支援する楽しい観察プログラム〜』(学校図書)
<筆者より>
「動物園教育で子どもたちがアクティブに! 〜主体的な学びを支援する楽しい観察プログラム〜」という本が話題になっています。
動物園は教育の場という認識は、多くの関係者が共有している「コンセンサス」だと思いますが、じゃあ、そこでなにをするの? なにができるの? というのが長年、暗中模索の状態だったのではないでしょうか。
よくあるパターンとしては、なにはともあれ飼育している動物について「正しい知識」を伝えようとするものですね。そこには、この動物はどんな種類でどんな生活史なのか分類学、行動学などの知識は当然入ってくるでしょうし、生息地の状態や絶滅の懸念といった保全についてのメッセージもぜひ入れたいと思うでしょう。そういったことを過不足なく伝えるキーパーズトークをするために頑張っている人たちはあちこちにいると思います。
でも、それだけでいいの? というのは大いに悩むところです。せっかく動物園に来て眼の前に生きた動物がいるのに、まるで学校の教室で講義を受けているのと変わらなくないですか?
もちろん、目の前にいる動物について、飼育管理の方法や環境エンリッチメントについてなど実例を見せながら、遠くの野生に思いを馳せることは、大いに意味があるだろうと期待できます。けれど、それでも、やり方がちょっと「一方通行」になりがちだというのは、日本の学校の授業と変わりませんよね。
一方、松本さんは、いわゆる「学習者が主体」「能動的な学び」といったことをキーワードに、学びの場としての動物園を探求しています。これは、従来型の動物園教育を「一方通行」から救い出す可能性に満ちたものです。
ぼくは大いに感銘を受けまして、本を読んだ後、松本さんと何度かやりとりをしました。ここではそれをインタビューとして構成します。
かなりマニアックですが、どうぞお付き合いくださいませ。前提としては、「動物園教育で子どもたちがアクティブに!」を読んでいるものとします。あるいは読んでいないけれど、どんな話なのか推し量りたい人も想定読者です。後者の場合には多少わからないことがあっても気にせずに進んでピンとくる部分を探してください。
そしてその後に、やはり読んでください。まあ、どんな本か知りたいだけなら、素直に書評を探したほうがよいかとは思いますが(笑)。
https://www.zoopocket.com/blank-7
ではスタート!
小さい頃から動物好きで、卒業後は動物園に
川端 身の回りで絶賛している人がいて、読みました。評判はよさそうですね?
松本 刊行後、予想以上に関心をもっていただいていると思います。動物園職員の皆さんが多く購入してくださっています。施設によっては数十冊もまとめて! 各園館でお話合いをしたり、プログラムを見させて頂いたりする中で、本で紹介した理論や方略が実践と結びつくことの面白さを職員の皆さんと共に感じています。私が研究したことが、現場の教育活動の意味づけとフィードバックに有用かもしれないと可能性を感じていて、これからも還元のお手伝いをしたく思っています。(ウェブサイト https://www.zoopocket.com)
──そもそも論なんですが、松本さんって、なぜこういうことを始めたんですか? 動物園教育って、長いこと、みんな大切だと言いながらもなかなか深まっていかない悩みがあったと思うんです。松本さんの経歴的なことをうかがってよろしいですか?
松本 はい、もちろん。
小さい頃から動物が好きで、宇都宮大学の農学部畜産学科。馬術部でした。大学の大先輩にあたる中川志郎先生(東京都の動物園で獣医、上野動物園長などを歴任)に学生時代、お手紙を書き、動物園に入るにはどうしたらいいかをお尋ねしました。
当時多摩動物公園の飼育課長だった中川先生は、すぐにお返事をくださいました。私は感銘をうけ多摩動物公園に研修に行きました。中川先生は、実は学生時代からの恩師なんです。
大学卒業後、新しく開園する長野市茶臼山動物園に飼育員として就職しました。チンパンジー、オランウータンなどを担当し、彼らとの信頼関係構築に試行錯誤しながら、お客さんがどれだけ彼らを見てくれているのだろうと思うことがありました。たとえば、種名を間違えるお客さんはいますし、当時は展示場にタバコを投げる人までいました。
そんな中で、3才のオランウータンが、餌を食べなくなった時があって、なぜこの幼いオランウータンがここにいるのか、動物園にいる意味を考えました。
そういう問題意識から、動物園は動物のことをもっと知ってもらう場所になる必要性を強く感じました。当時は飼育員がお客さんの前に出て話をする意識や機会はあまりありませんでした。そんな中で、私は日本動物園水族館教育研究会(JZAE:現在は運営委員を担当)に参加するようになり、動物園教育に関心をもつようになりました。
(JAZEのサイト http://www.jzae.jp/ )
川端 眼の前にサインがあるのに、チンパンジーやオランウータンのことを「お猿さん」とか言う人って今もいますよね。さすがにタバコの吸い殻を投げ捨てるというのは、減っていると思いたいですが。ところで、松本さんが多摩や茶臼山でいらしたころの動物園での教育系の活動ってどんなものがあったんですか。
松本 当時行われていたのは、子ども動物園やサマースクールのような直接体験、飼育体験くらいだったと思います。職員が積極的にお客さんの前に出て、動物を介したガイドなどの教育を行う意識や動きが加速したのは、21世紀になってから旭山動物園のブレイクが一つの契機になったと感じます。それまでは、お食事タイム(餌やりの時間)の表示すら、動物の状況で変わるかもしれない、飼育業務に支障がある等の理由で、掲示そのものもあまりなされていませんでした。
川端 たしかに、昔の飼育員さんって、「人の付き合うのが苦手だから飼育員になった」みたいなタイプいましたものね。飼育員は、「人付きいが苦手でもできる職業」の代表格のように思われていました。人前で喋れと言われても、抵抗が大きかったかもしれませんね。
動物園と「環境教育」
松本 1990年代には、環境教育の必要性が園内でも意識されるようになったと思うのですが、それにはリオデジャネイロでの地球サミット(1992年)やWAZAの世界動物園保全戦略が関係していたと思います。それでも環境教育とは何か?どのようにすればいいのか?という議論は現場ではなかなかありませんでした。多摩動物公園で教育の仕事をしていた時には、動物園の方から、専門家である動物解説員が考えるようにと言われた記憶があります。
川端 つまり、動物園がどんなメッセージを伝えるのか園のポリシーがあるわけではなくて、解説員が考えろというわけですね。
松本 それで、私たちが何をしていたかというと、例えば、トラの展示で「トラは今、推定○○頭くらいに減っていて、その原因としては──」というふうな話をしていましたが、何かしっくりいかなかったんです。これは、私自身がというだけでなく、たぶん来園者にとってもです。それで教育学(環境教育や学習論)を学びたいと思いました。
川端 ただ、今の動物園って、さすがに「「トラは今、推定○○頭くらい」ってことだけをやっているわけではないですよね。そのあたり、充実してきてはいるんでしょうか。
松本 たしかに、今の現場における動物園教育は、プログラムのメニュー、内容、手法が多彩で、動物の健康管理と合わせて、当たり前の業務として精力的に取組まれていると感じます。もちろん、施設により、特定の人だけが頑張っていたり、全員体制で同じコンセプトのもと取組んでいたり、温度差はあります。
現状として、動物園教育の実践は多々ありますが、カリキュラムとしてプログラムを計画、評価する取り組みは、まだ充分ではないと思います。
川端 ああ、このあたりから、本書の大事な部分に直接かかわってきますね。ええっと、35ページの図にまとめられていますが、動物園での教育の研究大会で多い報告は「○○を行った」というタイプのいわゆる実践報告である、と。そして、その際に、目標設定、達成に向けた方法論、実践した後で参加者の学びをどう評価するかといったことが抜け落ちている、と。
松本 はい。実はこの本は、私の博士論文を元にしているんですが、学位取得後、現場職員の方々と勉強会をさせて頂く機会が増えました。その中で大きく2点について、皆さんから質問や共感を得ていると思います。
1点目は、「評価」、そして、2点目は「問いかけ」です。
(つづく)
『動物園教育で子どもたちがアクティブに! 〜主体的な学びを支援する楽しい観察プログラム〜』(学校図書)
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