小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

「VRでサッカー」を堪能する

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2018年7月27日 Vol.182 <議論は続くよどこまでも号>より

5月頃の熱気は去ったように思うが、今年はVRビジネス、それもゲーム以外が盛り上がるタイミングであるように感じる。中でもスポーツは、非常にわかりやすく万人ウケする要素であるので、非常に活発で、日本でも複数のサービスが準備中である。今週も、KDDIグループのSupershipが、プロ野球 パ・リーグのVR中継を行う「パーソル パ・リーグTV VR」の発表があった。

Oculus GoやGear VRで楽しむパ・リーグVR配信。家でもチャットで“一緒に観戦”

筆者もずっと「VRでのスポーツ」が気になっていた。といっても、野球ではない。自慢ではないが、筆者はほとんど野球をしたことがなく(なんたって、いわゆる「女の子投げ」しかできない)、小学生の頃からサッカーばかりだった。今でも、見るスポーツはサッカーが中心。モータースポーツや自転車競技、アメリカンフットボールも最近見るようになったが、なんといってもサッカーである。

実は今年のワールドカップは、「VR配信元年」でもあった。アメリカでは、FOX SPORTSやNextVRなどが、ワールドカップのいくつかの試合をVRで中継している。

では、今回の記事はその話なのか……というとそうではない。残念ながら、それらのVR中継は、権利の関係から、アメリカ国内でしか配信されなかった。VR配信は、筆者がアメリカ出張から「帰国後」に始まったので、正式な形で見ることはできなかったからだ。

……実は、一試合だけ、日本からVPNを介して見たのだが、それは配信権の関係もあるし、みなさんにとてもお勧めできる方法でもないので、一切記事化はしていない。アメリカ在住のゲームライターである、ファミ通編集部のミル☆吉村氏が記事化しており、こちらをお読みいただくのが近道だ。

ある意味、現実のスタジアムに行くよりスゴい! VRでのワールドカップ観戦リポート

日本からこの辺の記事を書けないのが、実はちょっと残念だった。では筆者はどうすることにしたか?

待つことにしたのだ。

確かに、ワールドカップは権利の問題が厳しい。だが、インターナショナル・チャンピオンズ・カップ(ICC)は別。VR動画コンテンツを配信する「NextVR」が中継を行うからだ。

・NextVR。サッカーだけでなく、バスケットボールやプロレス、音楽ライブなど、多数のVR映像中継を行っている。しかも現状、利用料は「無料」。

NextVRは、Oculus RiftやHTC Vive、PlayStation VR、Windows Mixed RealityなどのハイエンドVR HMDはもちろん、DaydreamやCardboardのようなスマホVRにも、そして、Oculus Goにもサービスを提供している。また、映像はOculus向けのVRパブリックビューイングサービス「Oculus Venues」にも提供されているので、複数のサービスで視聴可能だ。

そしてコンテンツのひとつとして、ICCのVR配信権を獲得しており、世界各地で視聴可能にしている。まったく制限がないわけではないが、日本も視聴可能国のひとつだ。

・ICCの各試合のダイジェストも配信中

NextVRによるICCの配信は、試合のハイライトを中心に、多数行われている。しかも現状、無料だ。そのうち、試合を丸々中継するライブ配信は、日本時間で「7月26日 12時05分から」と「7月29日 12時05分から」。前者はACミラン対マンチェスター・ユナイテッド戦で、後者はバルセロナ対トッテナムの一戦である。筆者は26日のミラン・マンU戦にターゲットを絞り、実際に試してみることにした。自宅にはNextVRが視聴できるHMDは複数あるが、今回はOculus Venuesとの比較もしたかったので、Oculus Goを選んでいる。

・Oculus Goのメニューにも「現在行われているイベント」「近々行われるイベント」として、ICCのライブ中継が出てきた

・NextVRの中で配信が行われていると、このような表示が

VRでの試合中継はどんなものなのか? 写真をみていただくのが一番わかりやすいだろう。ゴール脇とピッチサイドにカメラを置き、そこからの中継を、展開に合わせて切り換えながら見せていくような形だった。また、プレイ中の全景やボールが動いている場所については、空中にウインドウが重なるような形で、その場所の映像が表示される。

・NextVRでの試合中継。ゴール脇やピッチサイドから試合を見るような感覚だ。

VRで視聴というと、「まるでスタジアムに行ったような」という言葉が思い浮かぶが、NextVRでのサッカー中継はちょっと違う。実際にスタジアムに行っても見られない、圧倒的に「かぶりつき」の席から見られるのである。このシーンを見られるのは、審判かボールボーイくらいのものだ。

といっても、この形、サッカーを見るにはベストか、というとそうでもない。サッカーはボールをもっていないプレイヤーの動きも重要だし、ピッチ上での動きも速い。だから、テレビ中継では「俯瞰気味」の映像が基本だ。スタジアムの場合にも、ゴール裏のサポーター席より、全体を見れる席の方がチケットは高い。

サッカーはスタジアムで見ると非常に面白く、わかりやすいスポーツなのだが、それは、「顔を動かせば全体が簡単に見える」という、視界の広さによるものだ。VRでは、やはりテレビとは異なり、「枠の中を見ているのではない」感覚が強い。スタジアムに比べると全体は見づらいが、それでも、テレビよりははるかに迫力があり、それでいてテレビより広い視界を持てるわけで、今までにない体験である。

NextVRがこの画角をあえて採用しているのは、映像の迫力を重視してかと思う。画像だけではわからないが、NextVRでのICC中継は、映像が「視界180度・立体」で撮影されている。だから、選手の動きや迫力が段違いであり、まさに「VRならでは」の楽しみ方ができる。もちろん、ピッチ全体の動きを見たいので、俯瞰画面や位置の変更などがセットになっている。点数表示は足下に立体で置かれているし、振り向くとそこには映像はなく、トロフィーなどが置かれている。

・得点表示は足下に

・映像は正面180度のみ。背面にはICCのトロフィーが

それに対し、Oculus VenuesはVRを「大画面の迫力」と「誰かと一緒に見る」ことに使っている。映像は同じNextVRから提供されたものなのだが、NextVRが3D配信している一方で、Oculus Venuesでは2D。その代わり、周囲には同じ中継を見ている人が多数いて(筆者が試した時には40名弱だった)、思い思いに音声チャットで盛り上がっていた。

・Oculus Venues。こちらは試合のキャプチャが禁止されている(機能が働かない)ので、広報画像にて。このように、劇場的な場所で「みんなでパブリックビューイングを見る」感覚だ。

今回は、参加者がアメリカを中心としていたために、シアター内で聞こえるのは英語だけ。そこに、自分の拙い英語で入っていってサッカー談義をする自信はなかった。周りが皆日本人だったり「勝手知ったる」相手だったりすれば、また話は別だろう。今回は、3Dのインパクトも含め、NextVRの配信が好ましく思えた。

もちろん問題点はたくさんある。

解像度がまだまだ足りないので、選手の顔や背番号が見えない。ピッチの反対側どころか、中程ですらもう無理だ。中央だけでなく色々なところに視線を動かすので、どうにも忙しい。今のVRは、中央以外はあえて解像度を落として処理負荷を軽減しているので、解像感の低下や色割れを感じやすくなる。次の次の世界くらいにならないと、「現地で見ている感覚の情報量」にはなりそうにない。

最近は、テレビ視聴時にスマホやタブレットでSNSを見ながら「実況」、という楽しみ方をすることも多いが、今のVRは1アプリが視界すべてを覆う形なので、試合を見ている時にSNSを使うことはできない。映画のように「一緒につぶやく」ことがないメディアならいいのだが、スポーツだと、やはり「画面上にTwitterが出したいな」と思うシーンはあった。

また、NextVRは配信中の停止やコマ落ちが多く見られた。同じソースを2Dで配信しているOculus Venuesは問題なかったので、3Dでの配信がかなり「重い」のだろう。

技術的にはまだまだ問題が多いものの、「180度の3D映像でスポーツ配信」は、かなり有望そうだ、次の機会があったら見るか、と言われれば、確実に見る。

とりあえずNextVRによるICCのサッカー中継は、7月29日・12時05分(日本時間)から行われる「バルセロナ対トッテナム」。この日程に間に合わない場合も、オンデマンド配信中のダイジェスト版は視聴可能だ。ぜひみなさんもチェックしてみていただきたい。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2018年7月27日 Vol.182 <議論は続くよどこまでも号> 目次

01 論壇【小寺】
 著作権侵害ブロッキング議論の今
02 余談【西田】
 「VRでサッカー」を堪能する
03 対談【小寺】
 デジカメWatch折本編集長と語る、「コンデジ奇談」 (5)
04 過去記事【小寺】
 崩れ落ちるアクションカメラ市場、次の一手
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
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