津田大介
@tsuda

『メディアの現場』特別号外より

メルマガの未来~オープンとクローズの狭間で

「プロ」と「アマ」をつなげるのはツイッター

井之上:先日のニコ生で、私は「草野球」と「プロ野球」という喩えを出しました。私は、ネットの素晴らしさというのは、「草野球」の面白さを最大化した点だと思っているんです。

「草野球」は「プロ野球」に比べて、ヘタクソだからダメだと言いたいわけではありません。この二つは、野球という同じスポーツで同一線上にあるもののように見えて、実は「楽しみ方」や「楽しませ方」という視点に立つと、まったく違うものですよね。つまり、「草野球」は、自分でプレーをして楽しむものだと思うんです。まあ、実際にはプレーしなくても、その場に参加して仲間と一緒に、「おっ、まだまだ走れるねえ」とか、「ヘタクソ!」とか、「試合終わったらどこ飲みに行こうか」とか言い合うのが楽しい。だから、もし草野球の元締めをやるなら、お客さんが「その場に参加すること」で大きな満足を得られる形を作らなくてはいけません。一方、「プロ野球」は、純粋に観戦して楽しむものです。選手にしても、元締めにしても、観客席にいるお客さんに楽しんでもらわなくてはいけない。こう考えると当然、プレーする人の技量はもちろん(上手ければいいというものでもないと思います。SMAPの中居さんがお正月にやる人間野球盤や欽ちゃん球団の野球は、「見せることでお金を取る」という意味ではプロの仕事です)、必要とされる「仕組み」も、「プロ野球」と「草野球」では求められるものがまったく違うものになる。

長くてすみません。では、ネットが普及したことで何が起きたのかを一言で言うと、この「草野球」が驚くほどやりやすくなった、ということだと思うんです。今までは「9人も集まらないよ」「相手チームが見つからない」と困っていた人がネットを通すことで、すぐに「草野球」をすることができるようになった。しかも、ネットではプレーごとにツッコミまで入れてくれる人まで出てくるので、盛り上がりやすくなった。

さらに衝撃的なのは、ネットを通じてプロの選手と直接やりとりができるようになったことです。野球の喩えで言えば、川原で草野球をしていたら、突然プロ野球選手がふらりと現れて、「一緒にやろうよ」と言ってくれるような状態になった。私も草野球は好きですから、本当にプロの選手が自分と同じグラウンドに立って、一緒にプレーできるなんてことが起これば、むちゃくちゃテンションが上がります。それで実際に数年間、インターネット上ではそれと同じことが起きていたわけです。でも、ここへきて大きな問題が出てきた。結局、プロ野球選手がみんなと一緒に草野球をしているだけだと「プロとしてお金を稼ぐことができない」ことが明らかになったわけですね。

どんなに技術的に優れたプロ野球選手であっても、草野球という場では、彼らのプレーをお金にすることができない。これがネットに突きつけられた課題だと思います。それで、今の有料メルマガは、ある意味では、「プロがプロの世界に帰っていった状態」とも言えます。

そして、ネットの中でメルマガに対して風当たりが強い原因の一つは、この辺りにもあると思っているんです。つまり、プロと一緒に草野球をすることの楽しさを覚えてしまった人たちが、「ええ、もう来てくれなくなるんだ」という寂しさを表現しているのではないかと。

津田:その話はとても面白い問題提起ですね。実際、「メルマガを始めてから、ブログを書かなくなった」と叩かれている人もいますからね。それでその問題を解く鍵も、実は「ツイッター」だと思うんですよ。

ブログのように、自由にいくらでも書けるメディアだと、プロの仕事の「代替物」になりうるわけです。雑誌のコラムと同じようなものも書けるし、連載形式にすれば、書籍と変わらない分量の文章を提供することもできる。実際、ブログの連載が書籍化された事例もたくさんありますよね。

でも、井之上さんが指摘するように、プロと同じ力量を持っていたとしても、ブログという場でお金を稼ぐことは、とても難しかった。まず、「ブログは無料で読むもの」という文化ができていたので、テキストに対する直接課金システムの開発がなかなか進みませんでした。だから、稼ぐにしても、アドセンスやアフェリエイトで収入を得るしかなかった。けれどもそれらで、日常的に「食える」ほどの収入を得ることができたのは、Dan Kogaiのような本当に一部の人だけでした。もっと言えば、アドセンスやアフィリエイトで収入を得るのは危険なんです。例えば、アマゾンのアフェリエイトは、突然、料率を変えたりします。最近もCDのアフィリエイト料率が驚くほど低くなりましたね。先月まで100万円くらいの収入があったとしても、突然の料率変更で40万円になるといったことが平気で起きる世界です。 Googleにしても、いきなりアカウントを停止されるリスクがある。そういう意味で、ブログというのは、プロがお金を稼いできたメディアとほぼ同じことができるにもかかわらず、安定した収入を得るための基盤としては機能しなかったわけです。

一方、ツイッターは最初から「足りないメディア」です。だから、みんなツイッターだけで自分の表現を完結させようとしません。基本的には常に「外」へリンクが貼られることになる。「こんな本を出したから買ってね」とか、「イベントするから来てね」とか。つまりツイッターが主戦場にはならないわけですね。

そうすると、井之上さんの言葉を借りれば、プロが草野球をカジュアルに楽しめる場になる。つまり、ブログが「プロの選手が草野球のチームに入って一緒にやる」というイメージだとすれば、ツイッターは「プロ野球選手が一打席だけ代打と出てきて、カキーンと打つよ」というイメージです。そうであれば、プロの選手も、プロ野球の世界できっちりとお金を稼ぎながら、たまにはツイッターを通じてファンと直接つながるというバランスが取れるわけですね。

インターネットには、ブログのようなオープンなインターネットと、有料メルマガのようなクローズドなインターネットがあります。そのどちらもネットにあってしかるべきものです。ただ、インターネット全体をうまく機能させるためには、「オープン」と「クローズ」の両方の世界をつなぐものが必要で、今はその役割をツイッターが担っているんだと思うのです。

1 2 3 4 5 6
津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

その他の記事

玄米食が無理なら肉食という選択(高城剛)
スマートシティ実現と既得権益維持は両立するか(高城剛)
「小学校プログラミング必修」の期待と誤解(小寺信良)
本当の「ひとりぼっち」になれる人だけが、誰とでもつながることができる(名越康文)
弛緩の自民党総裁選、低迷の衆議院選挙見込み(やまもといちろう)
在韓米軍撤退の見込みで揺れまくる東アジア安全保障と米韓同盟の漂流(やまもといちろう)
コロナ後で勝ち負け鮮明になる不動産市況(やまもといちろう)
AV女優だからって、特別な生き方じゃない 『名前のない女たち~うそつき女』サトウトシキ監督インタビュー(切通理作)
『「赤毛のアン」で英語づけ』(2) 何げないものへの〝感激力〟を育てよう(茂木健一郎)
ふたつの暦を持って暮らしてみる(高城剛)
想像もしていないようなことが環境の変化で起きてしまう世の中(本田雅一)
コロナが終息しても、もとの世界には戻らない(高城剛)
僕がネットに興味を持てなくなった理由(宇野常寛)
虚実が混在する情報の坩堝としてのSNSの行方(やまもといちろう)
なぜNTTドコモは「dポイント」への移行を急ぐのか(西田宗千佳)
津田大介のメールマガジン
「メディアの現場」

[料金(税込)] 660円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回以上配信(不定期)

ページのトップへ