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驚く力―さえない毎日から抜け出す64のヒント
現代人が失ってきた「驚く力」を取り戻すことによって、私たちは、自分の中に秘められた力、さらには世界の可能性に気づくことができる。それは一瞬で人生を変えてしまうかもしれない。
自分と世界との関係を根底からとらえ直し、さえない毎日から抜け出すヒントを与えてくれる、精神科医・名越康文の実践心理学!
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「もっとゆっくりいきませんか?
ここのところずっと念頭にあってあれこれ考えているのが「心の速度」。名越康文氏の『驚く力』(夜間飛行)の中で目にした言葉で、いきなり心にズシンと響いたのだった。
名越先生の言葉はまるでこちらを見透かされているようにすーっと入ってくる。「読み込んで読み込んでようやくわかる」という理解の仕方ではなく、「襟首をつかまれて引きずり込まれるように」理解できる。
なんでオレのことこんなにわかってんねやろかと、そこが電車の中でも思わずにやりとしてしまうほどである。それに今まさに仕事上で考え込んでいることにフォーカスされることもあって、問題自体は解決しないのだけれど僕自身がその問題を解釈する仕方にヴァリエーションが生まれて、肩の力が抜ける。本当に不思議である。
本を読みながら幾度となく襟首をつかまれたが、その中でも「心の速度」が余韻を引きずるようにずっと心に残っている。これについて今日はちょっと書いてみたい。
私たちの日常はあまりにも忙しい。日々を慌ただしく過ごしている人がとても多い。スマホみたいな便利なものが世の中に出回ったものだから、ビジネスマンはどこにいても仕事ができるようになったし、絶えず友人とつながることができるようにもなった。いや、正確には「つながっていることの確認ができるようになった」というべきか。どこで何をしているかが目に見えてわかる。今度、顔を会わせたときも話題の切り出しにはほぼ困らない。うん、とても便利になった。
生活のスピードがどんどん早くなっている。これに異論を唱える人はおそらくいないはずだ。メディアからは次から次へと新しい情報が飛び込んでくる。内容をじっくり検証する時間もなく、次の新しい情報が矢継ぎ早に飛んでくる。時代の流れに乗るためにはこうしたたくさんの情報をキャッチしなければならず、怪しげでまことしやかな情報を選り分けつつ理解しなければならない。これにはそれ相応の労力を要するし、それなりの時間もかかるが、そんなことはいってられない。早く、早くと急き立てられているような気持ちになるのはだから必然である。
名越先生は、『いやいや、もっとゆっくりいきませんか、「心の速度」を落として「驚く力」を大事にしてきましょう』とおっしゃっている。そもそも心は本質的に刺激を欲するもので、僕たちの心は痛みを含めたあらゆる刺激を渇望している。だから、刺激にまみれた今日のような情報化社会は心にとってみれば好ましい状態ともいえるわけだ。スマホ片手に歩き、資料作りに精を出し、友達と飲食をともにし、スケジュール帳を塗りつぶすようにあれこれの予定を入れる行為が心にとっては願ったり叶ったりなのである。
だからこそ、放っておいたらどんどんスピードが上がってゆく。物思いに耽ることもなく、道ばたに咲く花の美しさや夕焼けが醸し出す哀愁も、視界に入るが見えていないし、感じているはずなのに感じない。これが「驚く力」の衰退である。「驚く力」は「変化し続ける世界をありのままに受けとめる力」で、この衰退が意味するのはつまり不感症になるということである。この「驚く力」を失わずにいるためには「心の速度」を落とすことだと名越先生はいうのである。
なるほどなあと腑に落ちた。仕事ばかりに意識が向くと「心の速度」が早まるのは、実感としてなんとなくわかっていたが、それは仕事量や僕自身の能力のなさに起因するものだと思っていた。確かにこれらも妥当するとは思うが、そもそも心が刺激依存症になりやすかったというのには目から鱗が落ちた。
そういえば、と思いを馳せる。この「心の速度」を落とすについては、思い当たる節がいくつもある。たとえば安田登氏が提唱するスローウォーク。時速1里(約4km)で、適度に休息はさみ、歌を詠みながらゆっくりと歩くこのスローウォークは、まさしく「心の速度」を落とすことを目的としている。
また、身体に関して僕が全幅の信頼を寄せる三宅安道先生からは、「なるべくゆっくり動きなさい」というアドバイスをあるときにいただいた。身体を作り直すための方法について相談した際にそうおっしゃられた。これもたぶんそう。それから、その三宅先生の師匠の池上六郎先生も講習会では「ボーッとする時間がとても大切です」とおっしゃっておられた。うんうん、なるほど。
そしてこれはやや無理筋かもしれないが、村上春樹は世界を見るときに「判断するのではなく観察するようにしている」と書いていた。「判断」はその正否をおけば短時間で行なうことができるが、「観察」には長らくの時間を要する。対象となるそれをじっと見つめ続けるまなざしがいる。ここから考えればまさに「心の速度」を落とさない限りはできない行為ではないかと思う。
と、やや暴走気味ではあるが、つまりのところあらゆる方が主張する内容にまるで横串が通るかのような感懐をこの言葉から得たのであり、その余韻をずっと引きずっているのである。
急かされ続けることで僕たちは思いのほか疲弊しているのだと思う。情報の荒波や「待ったなし」という言葉などに急かされることなく、じっくり「心の速度」を落としながら目の前のことに楽しみたいと思う今日この頃である。
評者:平尾剛
初出:平尾剛のCANVAS.日記より
1975年大阪生まれ。同志社大学を卒業後、三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。1999年ウェールズで行なわれた第4回W杯日本代表(FB)に選出。2007年に現役を引退し、現在は神戸親和女子大学講師。著書に『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)があり、ミシマ社WEBマガジンにてコラム(「近くて遠いこの身体」)を連載中。
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