津田大介
@tsuda

中国在住フリーライター・ふるまいよしこ氏に訊く

「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか

ネットから現れた新世代の中国ウォッチャーたち

津田:今回は日本の既存メディアでも、一連の出来事を大きく報じていました。ふるまいさんはそれらの報道を、どのように評価していますか?

ふるまい:「日本のメディアは、あまり中国の現状を知らないな」と思いました。

先ほども話に出たとおり、この秋、中国共産党が5年に1度の党大会を行います。そして、胡錦濤国家主席と温家宝首相が政権を明け渡す [*26] ——今、日本メディアはそのことで頭がいっぱいなんですね。

中国政府の御簾(みす)の内で何が起こっているかは、わかりません。

ですから、今回のデモをめぐっては、「共産党内部で政治的な闘争が行われた結果じゃないか」「誰かが誰かを蹴落とすための方策に違いない」という論調を常に混ぜ込みながら、報じています。

中国事情をずっと追っている人間からすると、ちょっとずれたことを書いているなという人もかなりいました。

津田:中国の現状を、ある種のパターンに当てはめて眺めているんですね。

ふるまい:はい。お付き合いのある日本の記者さんたちに話を聞くと、彼らが現地で取材して記事を書いても、日本にいるデスク——つまり彼らの上司に削られちゃうらしいんです。「こんな記事は意味がない」って。

彼らの上司は、古いタイプの中国報道の人だから、固定観念があるんですよ。日本のチャイナウォッチングの世界は、これまで、学者さんを中心にした世界だったんですね。

各メディアにいる中国担当の記者さんは、彼らと懇意にしながら記事を書いていました。学者さんの薦める文献を読み、その主張を参考にして文章にする。

その結果、視点が単一になってしまって、記事を読んでも、中国事情がよくわからない。日本の読者は中国ネタをはしょってきたのは、そのせいもあるように思います。

津田:今回の反日デモでも、同じ調子で報道していた、ということでしょうか。

ふるまい:そうですね。一般の中国人には話を聞いていないな、と思いました。私が見たいくつかの文章は、手慣れた中国人の学者さんにインタビューしてまとめていました。中国では国策に反対する発言を外国メディアに流すと違法とみなされることもありますし、そういう意味で中には「これは話し手が中国政府の意を汲んでしゃべっているのではないか」と感じるものもありましたね。「日中間には今後、しこりが残るだろう」と脅迫めいたことを言ったりして。

津田:それが事実だとしたら、日本メディアは中国に都合のいい情報を期せずして流してしまってる、ってことですよね。

ふるまい:それについては、日本の大メディアに勤める記者さんから、面白い話を聞いたんです。

今回の反日デモでは、中国の公安が日本大使館の中に、「記者寄り集まり所」を作っているんですって。日本の記者たちはそこに集められ、取材する、そこなら安全だから、という理由で。「はい、今この状況をちゃんと取材して、日本に伝えてくださいね」って指導された気分だ、と言ってました。

津田:中国公安によって運営される記者クラブが大使館の中にあるんですね!(笑)

ふるまい:中国は日本メディアの記者を通じてデモのすごさを日本に伝え、日本人をびびらせて、日本政府に圧力をかけようとしているのではないか——私自身もそのような疑念を抱いていました。それが記者さんのお話によって確信に変わりましたね。彼ら自身が「中国に利用されている」と感じているのですから。

津田:日本のメディアはそれを自覚している。にもかかわらず、中国の思惑どおりのことを報道してしまう——。現場の記者も、そういう状況に不満を持っていて、「どうにかして変わってほしい」という思いがあるんでしょうね。

ふるまい:はい、それはあると思います。若い方は特にね。

ただし、ネットからは新しい動きも出てきているんですよ。今回の反日デモをめぐっては、面白いことに、若い中国ウォッチャーさんの発言が目立ちました。

たとえば、「中国・反日デモ暴徒化の背景と、日中関係の今後」[*27] というブログ記事を書いたライター/フォトグラファーの西端真矢さん。彼女の記事は、1万〜2万人が読んだんじゃないかな。

そして、中国をはじめとするアジア地域に強いITライターの山谷剛史さん(@YamayaT)。あと、日ごろから熱心に中国の新聞報道やネット情報を拾って翻訳しているキンブリックス・ナウさん(@Kinbricksnow)。

彼らの発信する情報は中国の現状に近く、拾い上げる視点も細かい。それが印象的でした。

津田:ある種固定化した「中国」観に対し、「ちょっと違うんじゃない?」と異議を唱える人たちが出てきたと。

ふるまい:はい。西端さんがブログで言っていたとおり、日本のメディアや学者の言う「中国」って、庶民にはよくわからないんですよ。

なんかずれているよね、って感覚は私にもずっとありました。一般の人たちが感じていた「隙間」や「空白」を彼女の記事が埋めてくれた部分はあると思います。今回はある意味、既存メディアや学者さんは全滅だったんじゃないでしょうか。

津田:昔に比べ、日本のネット世論も変わってきた、ということでしょうか?

ふるまい:そうですね。2005年に起こった反日デモの時はツイッターがなかったけれど、あの時と比べると、全体的に冷静に情報を求めている人が増えてきているな、と感じます。

津田さんは今回、反日デモに関する私のツイートをいくつかリツイートしてくださいましたよね。そのおかげでフォロワーさんが2500人から3000人近く増え、あっさりと1万人を超えたんです。

きっと「どうして今、こうなっているの?」と疑問に思って、情報を求める人が増えているんでしょうね。だからこそ、さっき挙げたような若いウォッチャーさんの記事に、ビビッドに反応するんですよ。

そして、みんなが読むから、ウォッチャーさんたちもがんばって情報を出そうとする。私はどちらかというとRTに専念していましたから、そのおこぼれをいただいた感じです。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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