津田大介
@tsuda

津田大介の『メディアの現場』vol37より

中部横断自動車道をめぐる国交省の不可解な動き

設問設定がおかしい

津田:今回の同地区の高速道路整備案は全部で4案あるわけですよね。それぞれ実施した場合のコストはどれくらいなのでしょう?

米田:これがアンケート用紙に載っているんです。[*17] 列挙すると、次のとおりです。

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◇案1 全線整備案

(中部横断自動車道を長坂〜八千穂間の全線4車線で整備する案)

約2,100〜2,300億円

◇案2 一部旧清里有料道路活用案

(中部横断自動車道の一部に旧清里有料道路を活用する案)

約1,950〜2,150億円

◇案3 国道141号(一般道)改良案

約1,300〜1,400億円

◇整備なし

0円

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つまり、国交省が採用しようとしている「案1 全線整備案」に比べると、私たちが推し進めようとしている「案3 国道141号改良案」は850億円ほどコストが安くなる計算です。

津田:コストが850億円削れて、地元住人の賛成も得られる。だとしたら、案3は「折衷案」としては悪くないですよね。

米田:それなのに――というところですよね。

津田:アンケートの結果はどうだったのでしょう?

米田:結果についてお話しする前に、そもそも、第2回目アンケートの設問設定が妥当だったかどうかについて、考えなければなりません。第1回目の住民アンケートの結果、それまでの2案に新たな2案が加わって全4案となり、考えられる選択肢がすべて出揃いました。ならば、どれがもっともよいと思うか、一つだけ選ばせるのが普通ですよね。しかし実際の設問は、4つの対策案を対象に、自由記述で回答させるというものでした。[*18]

津田:(第2回目アンケートを見て)「質問2 6-7頁に示した以下の対策案

(※4つの対策案のこと)について、ご意見をお聞かせ下さい」――本当だ。回答は自由記述になっていますね。ここまで来たら、4つの案のうち、どれを採用するかを詰めていくのが筋ですよね。

米田:はい、第1回アンケートの結果をふまえて行われた委員会で、案が4つに増やされた。第2回目のアンケートでこの4つの案の賛否を地元住民に問うというのが、当然の文脈です。アンケートの設問設定がおかしいだけではありません。国交省がアンケートの結果をどのように集計したか。実はここからが今日の話でもっとも面白いところなんですよ。第2回目のアンケートでは、文明国ではありえない奇妙かつ正当でない分析および集約方法がなされているんです。

津田:それはどういうことでしょう?

米田:高速道路の建設に傾くように、アンケートの作成や配布方法が作為的に行われたのではないかと先ほど申しました。にもかかわらず、その結果は、国交省の狙いどおりにはならなかったのです。だから、非常に不思議なアンケートの集約方法が採られたのだと思います。先ほど触れた質問2の結果をちょっと見ていただけますか?[*19]

津田:(「第2回コミュニケーション活動の結果について」を見て)あ、これは……!

米田:「【参考】各対策案へのご意見の状況」ということで、エリア別、アンケート回答方法別に結果がまとめられています。つまり、これを見ても、対象エリア全体の結果がわからない。

津田:しかも、もともと「4案のうち、どれを支持するか」という選択式の設問になっていないんですね、これ。だとするとこれは普通に設問に答えれば、あいまいな回答になりやすい。そして、はっきりとした意見を持った人からは、第1案、第2案にはこういう理由で反対、第3案にはこういう理由で賛成――と回答する。でも、こうした回答を一つ一つ丁寧に読んでいけば、住民の意見は集約できるんじゃないですか?

米田:もちろんできます。今私たちは、一つ一つの回答を読み取り、集約する作業を行っています。まだ作業の途中ですが、山梨県側、特にヤラセのなかったウェブ回答では90%以上が圧倒的な第3案支持になっているようです。しかし国交省はこれを、4案いずれかに言及したら、賛成だろうと反対だろうと、同じ「1票」というように集計したんです。

津田:賛成も反対も1票……!? ってこのアンケート結果の資料にしっかり明記してありますね。「意見数の中には『賛成意見』『反対意見』『その他』の意見数が全て含まれている」って。

米田:ここまでいくと、もう笑っちゃいますね。文明国ではありえない稚拙さです。ただ、彼ら自身もさすがに「これじゃまずい」と思ったんでしょう。質問2に寄せられた意見を一部抽出し、「ご意見の例」として掲載したりしています。[*20]

津田:「ご意見の例」の方には、にあえて「無作為抽出」と銘打っているのがおかしいですね(笑)。

米田:日本の国が立派なのは、自分たちにとって不利になるようなこういうデータも、すべて公開しているところです。今まで紹介してきた資料や委員会での議論も、委員会のウェブサイトで全部チェックできるんですよね。[*21] すごく面白いですよ。第2回目住民アンケートの戻りのはがきさえ、個人が識別できる情報を黒塗りしたうえで、すべてPDF化して公開しているんです。[*22]

津田:すごい! オープンガバメントとしては理想的ですね。国の調査で明らかになった住民の声が、誰でも見られる――。一昔前では考えられなかった話です。こういう宝の山がウェブに上がっているにもかかわらず、メディアはそこに全然注目しない、と。

米田:馬渕さんがこのように、住民の声を聞いて公開する、という下地を作りました。そして、かたちのうえでは、それがちゃんと実行されています。これが日本のお役所のいいところです。

津田:そうなんですよね。役所でも現場で働いている人たちは、本当に丁寧に仕事している。

米田:そう、本当にそうなんです。でも、最終的には国交省では、上のほうからの声か何かが降りてくるんでしょう。「このアンケート結果を基に、高速道路を作れるようにしろ」というようなね。現場の人は苦し紛れに、今まで見たこともないアンケートの集計方法を考えたんだと思うんです。官僚たちが自分たちの都合のいい方向に物事を動かすため、資料のまとめ方や表現を操作する――これを「霞ヶ関文学」と呼びますよね。第2回目のアンケートの集計方法なんて、まさにその白眉でした。いや、よくもここまでやるなと驚きます。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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