甲野善紀
@shouseikan

「オリンピック選手に体罰」が行われる謎を解く――甲野善紀×小田嶋隆

「きれいごとを言う桑田真澄氏は裏切り者だ」

小田嶋:今回の問題の前には、大阪の市立高校で部活動中に体罰があり、生徒が自殺してしまった事件があり、さまざまな識者がコメントしていました。その中で気にかかったのが、甲野先生ともご縁の深い(※)桑田真澄元投手が朝日新聞に寄せた寄稿と、それに対する反応のキツさ。

※桑田真澄氏は巨人軍に投手として在籍していた当時、成績不振で引退がささやかれていた最中、甲野善紀氏の古武術を自身のトレーニングや投球、守備などの身体の動きに取り入れ、2002年には見事復活、最優秀防御率を達成した。以降も、甲野氏とは交流が続いている。

例えば「週刊文春」では「反体罰の旗手、桑田真澄への違和感」という記事が掲載された。この記事を見て思ったのは、桑田投手が出した真っ当なコメントに対して「きれいごと言いやがって」という空気が、「週刊文春」編集部、というより、スポーツ業界全体にあるんじゃないか、ということ。野球界は言わずもがな、スポーツマスコミも含めた業界全体が、「そういうきれいごとを言う奴は裏切り者だ」という空気を共有している。

桑田投手だけでなく、落合や江川といった、高い能力がありながらも集団になじまないタイプの選手について、スポーツマスコミは熱心にスキャンダルを見つけて攻撃してきた。これは、「いじめ」あるいは「体罰」と同じ体質に起因しているんじゃないか。

甲野:それは間違いなくそうでしょうね。桑田さんも現役時代「投げる不動産屋」などと言われていましたが、あれも、ただ姉さんと結婚した相手に「俺に金を預けてくれ」と言われて預けただけで、ほとんど実体がない話なんです。それなのにとことん叩かれた。あれは、スポーツマスコミが「こいつを悪役にして売ろう」と決めたかららしいですね。

小田嶋:桑田さんが高校を出たばかりの18歳のとき、石川好さんというノンフィクションライターが書かれた『シャドウ・ピッチング』というすばらしいインタビュー本があって、「高校出たばかりのピッチャーがこれだけ物を考えられるんだ」と本当に驚かされた。

桑田投手はその本の中で、「教えられたことをやるのではなくて、自分で考えて野球をしたい」といった趣旨のことを語っていたわけですが、「自分でものを考える」姿勢を見せると、どうやらそのこと自体が生意気だと言われてしまう。

そういう意味では、スポーツ界には「指導というのは、指導者の言うことを無理やり聞かせることだ」という信念があって、それをまた、スポーツマスコミが応援しているという構図があるんじゃないかと思うわけです。柔道に限らず。

 

「練習や稽古は不快なもの」という前提

甲野:「指導とは相手に何も押し付けず、相手が自発的に向上するように導くことである」というのは、私が稽古法で最も影響を受けた整体協会の野口晴哉先生の名言ですが、それこそ、ライト兄弟が寝食を忘れて飛行機の開発に没頭したような情熱がなければ、さっきから言っている、革新的な、常識外の技は生まれません。

逆に言えば、生徒なり、選手なりが、指導者と一体となってその競技の技術を追求していれば、体罰をしようなどという考えすら起こらない。「明日稽古なんだ」と明るく言うか、沈んだ声で言うか、その差は大きいですよ。つまり、柔道を本格的に稽古している者のほとんどが「明日稽古が休みだったらうれしい」と思っていることが、問題の根本にある。

小田嶋:体罰が求められる背景には、痛みなり、不快な刺激によって人を引っ張らなければいけないということがある。それは端的にいえば「練習や稽古は不快なもの」が前提になっているということ。練習が楽しいのであれば、恐怖心によって人を引っ張る必要はない。こういう事を言うとまた「きれいごとを」ということになるんだろうけど(笑)。

甲野:きれいごとだろうと、上達するにはそれが一番ですよ。熱意がある人にとっては、練習や稽古は楽しみで仕方がありません。さらに言えば、練習時間以外でも、生活の中でも四六時中、工夫しています。「こうすればどうなるだろう」と常に考えている。

そうでなければ、本当に高いレベルの技ができるようにはなりませんし、そういう状態の人には、体罰で無理に言うことを聞かせる必要など全くないのです。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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