甲野善紀
@shouseikan

「オリンピック選手に体罰」が行われる謎を解く――甲野善紀×小田嶋隆

原子力ムラならぬ柔道ムラ状態

小田嶋:柔道女子日本代表の園田隆二監督が、女子選手たちに対して暴力を振るったとして辞任しました。1月31日に行われた記者会見の中では、「あなたの指導法は特殊なのか」という質問に対して、「柔道界で選手を叩いているのは私だけなので、特殊だと思います」と答えた。まずこれに、ものすごく違和感を覚えた。

甲野:そもそも、質問自体が「聞くだけ野暮」というものです。あのように答えたのは、園田監督が(柔道の世界の)「仁義だけは守ろう」としたという事でしょう。

小田嶋:柔道界としては、「トカゲのしっぽ切り」でもあったわけです。しかし、彼のコメントを柔道界が認めてしまうと、今後、「私も殴られました」という選手が出てきたときに、「(他の監督やコーチは)殴ってないって園田監督が言ったじゃないか」という話になってしまうのでは、と、普通は考えると思うんですが…。

甲野:そこまで考えていないんだと思います。

小田嶋:そんな…。

甲野:要するに、物事の基本的なところが見えず、取り敢えず目先の問題を何とか覆い隠すことに必死なのでしょう。柔道に限らず、武道、ひいてはスポーツ関係者も、原子力ムラならぬ柔道ムラや◯◯ムラ状態になっていると思います。ですが、まあ、とても園田監督だけの辞任では済まず、いろいろこれから出てくると思いますけどね。

 

制度で体罰を禁止してもムダ

小田嶋:「近所の小中学生を教えている指導者が、ふざけている子供をコツンとやる」というのであれば、それがいいか悪いかは別にして、そういう動機があるのはわからないでもない。でも、オリンピックに出よう、金メダルを取ろうというレベルの人に対して「指導者が暴力で言うことを聞かせる」という動機が、そもそも理解を絶しているんですが。

甲野:柔道の指導者が体罰をするのは、「自分も叩かれて育ったから、叩くのが当たり前だと思っている」ということ以外にはないでしょうね。

小田嶋:「強くなってほしいから、心を鬼にして叩いた」とか、「叩いているこっちも、本当は心が痛んでるんだ」という言い方があるけれど、あれ、嘘ですよね。

甲野:そうですね、完全に嘘だと思います。叩く以外の指導方法を知らないか、カッとして衝動で叩いているのかのどちらかでしょう。

最近、現役選手も含めた柔道家が私の技に関心を持って訪ねてくるようになりましたが、1年ほど前に、その中の一人のある有名選手が、「上の人は『しっかり掴め』と『死ぬ気でいけ』としか言いませんからね」と言ってました。

小田嶋:よりによって「死ぬ気でいけ」か(笑)。

甲野:そうやって教わって来た選手は、私の技を受けて、これまで知らなかった世界に触れると、とても混乱するようです。有名選手は背負っているものが重いので、すぐ気持ちを切り替えられないのでしょう。ただ、最近は「また来させて下さい」という人も出始めましたが。

その点、つい先日初めてやってきたレギュラー外の選手達は、当初は混乱していましたが、やがて、これまでやってきたこととはまるで違う私の技に、何か希望を見出したのか、無邪気な顔になって生き生きと稽古するようになりました。

小田嶋:(上層部から)期待されていない選手の方が、違う考え方を理解する余裕があるわけだ。

甲野:これは私が昔から何度も言っていることですが、いわゆる「鬼コーチのしごき」でも、そこそこうまくなることはあるんです。でも、今までの常識を超えたレベルまで上達するようなことは「しごき」では決して出来ません。

一方で私は、「体罰禁止を法的にさらに厳しくしよう」という動きには反対です。大阪の高校で体罰による自殺があったということで、学校での体罰禁止を強化して、徹底的に取り締まろうという気配がありますが、そういうやり方がいいとは思えません。

小田嶋:なぜですか。

甲野:教育というのはどんな状況が生まれるかもしれない世界です。ですから、女の人が自分をからかった男をピシャッと平手打ちして、空気を変える事が有効な場合があるのと同じで、教育の現場で体罰をしないのは常識として大前提であっても、それ(体罰)を犯罪行為のように規定すると、たちの悪い生徒が、気の弱い先生を馬鹿にする、といった問題が今以上に起きかねない。

とにかく法で規制する前に、そもそも体罰の必要性を感じないほど、生徒なり選手なりが夢中になって競技でも学問でも取り組むようにする事が先決で、これ以上、制度で体罰を禁じるのは考え物でしょう。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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