津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み

ソーシャルビジネスが世界経済を救う?

津田:ユヌスさんが書かれたご著書の『ソーシャルビジネス革命』[*16] は非常に面白かったんですが、その中でも僕が特に印象的だったのは「人間は利己的な生き物と見なされがちなんだけれども、同時に利他的な生き物でもある」というフレーズなんです。今までのグローバル経済は利己的な部分だけが考慮されて経済の仕組みが作られてきた。これに対して利他的な仕組みを経済に組み込むのがソーシャルビジネスだと書かれていますが、実際にユヌスさんから見て、グローバル経済に利他的な仕組み――ソーシャルビジネスが入り込むことで世界経済は変わってきているんでしょうか。また、変わらなければいけない世界経済の中で、今後企業のあるべき姿はどんなものになっていくと思いますか?

ユヌス:私が本の中で言いたかったのは、「人間は儲けること、利益をあげるために地球に生まれたロボットではない」ということでした。しかし、経済理論を唱える人たちは、人間は金銭を中心に動くものだと解釈をして、お金こそが人生で大切なものだと言ってきた。でも、私に言わせれば、人間はもっと大きなものです。エコノミストたちは、人間の利己的なところをもってして、経済理論を打ち立てた。私は「彼らは間違っている、人間の一部だけを見ている」と言いたかった。人間は利己的であると同時に、同じくらい利他的な存在です。でもエコノミストはそこに目を向けなかった。彼らの目を開いて、利己的・利他的という人間の両方の側面を見せたかった。ソーシャルビジネスは、利他的な要素に基づいたビジネスです。利己的ということはすべてが自分のものであって、他人のためのものではないわけですが、利他的ということはすべてが他者のためにある――これは並行した2つの要素で、人間なら誰もが両方を持っているんです。私が言っているのは単純な話で、両方を考慮してほしいということなんです。これまで「人間は利己的なロボットだ」という解釈によって、多くの問題が生まれてきました。人間が人間になれば、世界はもっと良い場所になります。そのことを企業も理解し始めています。社会的な危機、金融危機も銀行危機もあるいは環境危機もすべてルーツをたどれば、原因は同じ問題――システムの欠陥にあるんです。ですから問題を解決するために、それを修正しなければなりません。

津田:実は僕、東日本大震災で津波の被害がひどかった宮城県の石巻市で2カ月前に「パワクロ」というソーシャルビジネスを立ち上げたばかりなんです [*17] 。どういうものか一言で言うと、古着の通販なんですが、その仕入れ先がタレントや有名人などの著名人たちによる寄付なんですね。彼らは仕事の都合で、何千着というレベルでたくさん服を持っているんですが、着なくなったものはほとんど捨ててしまうしかないんですね。ブランド物の良い服がただ捨てられるだけなので、それはもったいないぞと。それを寄付してもらって被災地でネット通販というかたちで売れば現地に雇用を作ることができるんじゃないかということで、多くの人に動いてもらって立ち上げたところです。現状はそこの代表理事と、現地のスタッフ5人の計6人を雇用することができており、こらから持続可能なかたちで発展させていきたいなと思っています。せっかく目の前にユヌスさんがいらっしゃるので、「パワクロ」をソーシャルビジネスとして大きく育てていくためのアドバイスをいただきたいのですが……。

ユヌス:まずひとつは、捨てられるはずのものから富を生み出す、価値のあるものをリサイクルする、それを売ることでお金を生み出すことができれば、他のソーシャルビジネスに投資をしていく。そのようなプロセスを経ることでさらに第二ラウンドとして、再循環ができるようになると思います。第一ラウンドは、価値を生み出し、人々を労働に参加させ、雇用を創出する。第ニラウンドとして同時に収入をあげ、それをソーシャルビジネスに再投資する。服を売るということだけでなくて、たとえば誰かを雇って、デザインを変えたり、改良したりということも考えられますね。思いつきですが、セレブが着たシャツだったとしたら、その一部を欲しがる人は多いかもしれない。それを細かく着るとか、再デザインするとか、価値を拡大して、より多くの人を参加させることが考えられる。普通の人たちでも多くの衣類を持っています。新しいシーズンがくれば、ワードローブを捨てるかもしれません。大手チェーンのアパレル企業に聞いたのですが、ヨーロッパでは、6着のスーツのうち1着はまったく着られることはないそうです。理由は、母親、恋人、妻からもらい、お礼を言ったけれど、好みじゃないので着ないのだそうです。食料品だってそうです。毎週スーパーで買い物をし、新しいものを買って、まだ食べられる食料をムダにする。けれど、今起きていることは、変革の始まりだと思っています。繁栄している国の人間の慣習を見ると、人々と着るもの、食べるものとの関係性が低いように思います。貧しい国からすると、こういったものは、良質の食料、良質の衣類、良質の素材なのです。物を循環させることで、何もムダにならない枠組みが作れるのではないでしょうか。

今説明していただいたアイデアは、非常にパワフルなものだと思います。実際、九州大学の協力でソーシャルビジネスセンターというものを設立しまして [*18] 、こういったいろんなアイデアについてみんなで話し合うという場もありますので、それによってさらにリンクさせることができるということを期待しています。

津田:良い助言をありがとうございます。もうひとつ質問してよろしいでしょうか? 自分でソーシャルビジネスを始めたときに、代表の給料をいくらにするのか結構悩んだんです。ユヌスさんは「ソーシャルビジネスで上げた利益は再投資に回す」ということをおっしゃっていますが、リーダーや働く社員の給料はどのくらいで設定するのが適切なのでしょうか。

ユヌス:ソーシャルビジネスでは、こういったとき、相場で考えるようにしています。ほかの会社で同じようなポジションについたときには、どういった額がふさわしいのかという、それを基準に考えるべきという考え方です。もちろん中には「ボランティアでいい」という人もいますが、それは別です。「雇用」されるのであれば、他の企業と同じように、給料と福利厚生を受けるべきです。何と言ってもこれは「ビジネス」です。決して「チャリティ」ではありません。自己犠牲を払うべきではない。ソーシャルビジネスで働く人は誰でも相場のリターンを受け取るべきです。そして組織の中で一番給料の安い人の給料のレベルは、いわゆる最低賃金よりは上の額をであるべきだと思います。なぜなら、労働者から労働を絞り出すような結果になってはいけないからです。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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