津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み

ソーシャルビジネス大国・日本へ

津田:僕は大学でも教えていて大学生と話す機会も多いのですが、最近は「企業に就職するのではなく、ソーシャルビジネスを起業したい」という若者が増えているんですよね [*19] 。そういう彼らに「じゃあ、どういうソーシャルビジネスをやりたいの?」と聞くと、「これがやりたい」という具体的なアイデアはないことが多い。彼らのように社会的起業をしたい若者は、どうすれば自分のソーシャルビジネスの「タネ」を見つけられるのでしょうか。

ユヌス:世界でも日本でも、今の若い世代というのは、有史以来もっともパワフルな世代だと思います。なぜかといえば、いろいろな技術があるからです。インターネット、Facebook、そういったものでいろんな人や情報と瞬間的につながれる世代です。前の世代よりも、可能性は確実に多いはずです。それだけのパワフルな世代に対して「卒業後どうするんですか?」と聞いた時に、彼らには限定的な将来しか見られない。もっと能力はあるはずなのに。でも社会に出ると、とても小さいことをやらされる。だから起業したいのでしょう。それは今の社会が抱える課題のひとつです。若い人たちにどう扉を開いていくか、どう彼らが力を発揮できる社会を作るか。特に日本は、非常にクリエイティビティに富んだ国です。若い人たちは特にクリエイティブだし、能力もある。彼らに「日本の繁栄のために」は通じません。日本はすでに繁栄しているので、その考えは彼らをワクワクさせないのです。世界とつながっているこの人たちを、日本的なやり方ではなくて、グローバルなやり方で活動ができるようにしてあげる――その責任を社会は持っているんです。ですから、若い人たちが社会のために、国のために、世界のために、持っているエネルギーを最大限発揮できるように開放してあげるというのが社会の責任です。それをしないと若者の意欲がムダになってしまう。

では、どうすれば良いか。日本の技術と創造力をもってすれば、世界のいろいろな難問に対して解決策を提供できる国になることができるはずです。そのなかで、若い人たちがワクワクして、役割を果たすことができるようになる。「望めば、世界を変えることもできる」という思いを持たせてあげる。自分の能力を認識し、その能力を何に使えるかを考えるべきです。そこに答えがあるはずなのです。

よく日本では「高齢化社会」について耳にします。奇妙な気がしますね。60歳になったら、もしかしたら日本ではもうお役御免なのかもしれませんが、世界には彼らを必要としていて彼らが活躍できる場がたくさんあるのです。この世代は日本を築いた世代です。60歳になったとしても、あとまだ25年、30年、クリエイティビティやスキルを世界で最大限活用する時間があるわけです。でも日本では高齢化が問題になるのです。彼らが他者のために問題を解決するためのリーダーシップを発揮できるようにすればいい。彼らも楽しいだろうし、国にとってもいいことでしょう。ソーシャルビジネスは、まさに人材、才能、スキルといったものを、必要としている人たちとつなげるプラットフォームになりうる。日本は経済大国ではなくて、アイデア大国を目指すべきです。世界に存在する問題に対して「日本はこんなソリューションを提供できる」ということを提示できる――そうなることが理想じゃないでしょうか。

津田:僕は『ソーシャルメディア革命』でユヌスさんが「ピンチのときほどチャンスがある」と書かれていたたことが強く印象に残っているんです。日本は「課題先進国」とよく言われますが [*20] 、それはつまりピンチではなく、チャンスがたくさんあるということで、課題先進国である“強み”を生かせば、世界一のソーシャルビジネス大国になる可能性を秘めているということですよね?

ユヌス:今は好機です。一番深刻な危機は、チャンス的には一番ピークにある時なのです。だいたい物事が回っている時には、「今の状態をそのまま維持しましょう」ということで何も動きませんので、本当にいいチャンスかと思います。

日本がソーシャルビジネス大国になれるという指摘は、その通りです。日本は商売という意味でも、企業の成功という点でも世界のリーダーとして、短期間の間にずいぶんたくさん稼いだ。ほかの意味でもこれからリーダーになれると思います。日本がこれまでしてきたことを、今度は世界のためにすればいい。そして日本が持つ才能とクリエイティブなパワーがあれば、世界のどこでも問題を抱えるところにソリューションを提供できると思います。

津田:『ソーシャルビジネス革命』のあとがきに「幸いにも今ほど夢が実現しやすい時代はない」と書かれていますよね。この言葉に強く惹かれたのですが、ユヌスさんはどうしてそのように思われたのでしょうか? 世界が直面している問題を見ると、まだ戦争もなくなっていないですし、ここ数年、世界経済はひどい状態にある。それでも、今夢が実現しやすい時代であるとポジティブに語っているのはなぜなんでしょうか。

ユヌス:それは世界が今、急速に変わっているからです。かつて誰もが想像しなかったことがどんどん実現している。例えば、20年前にはソビエト連邦という国があったのが、戦争が起きたわけでもないのに突然消滅した。ベルリンの壁にしても銃弾の一発も発せられないまま、突然なくなりました。まったく想像もしなかったことが今、どんどん起きています。技術の進歩も起こりました。例えば携帯電話という25年前にはなかったものを、今では世界中の人たちが持っている。ITにしろ、iPod、iPhoneにしろ、昨日考えられなかったことが今日すでに実現しているということは、明日どうなるのかまったく想像できないということでもある。この20年の間にこれだけ大きな変化があったわけですから、これから今度の20年の間にもっと速いペースで、今はまったく想像できないようなことが実現しているに違いありません。昨日不可能だったものが、今日は可能になっている。そして、今は不可能と可能の間の距離がとっても短くなっていると思うのです。今、われわれが心配している問題はすべて、方向を正しいほうに定めれば、消えてしまう可能性がある。

今、大切なのはイマジネーションです。どういう世界を私たちが目指すのかということを想像する。その答えが出れば、現実化できる。イマジネーションというのは若い人たちが一番もっとも持っているものですが、そのイマジネーションを今から働かせていけば、10年後にはその世界が実現しているでしょう。不可能なことはないのです。

われわれはサイエンスフィクションが大好きで、月や火星や銀河に行きたがります。みんな「スタートレック」も好きですよね。今、月やその他の惑星に行けるようになった。なぜながらサイエンスフィクションが、想像を働かせたからです。しかし、なぜソーシャルフィクションはないのでしょうか? 「貧しい人がいない世界」、「失業者のいない世界」というものを描いてはどうか。もうそうなれば「失業って何? みんな働いているじゃない」、「国から生活保護を受けている人は誰もいない。なぜならば人々それぞれが自分の能力を生かして自分で自立した生活を送れている社会になっているから」、「病人がいなくて、90歳が長距離マラソンで金メダルを獲る」――そんな社会を想像すればいい。想像すれば実現する。そして、想像しなければ実現しないんです。

津田:コンピュータの父のアラン・ケイ [*21] が「未来を予測する最良の方法は、未来を作ることだ」[*22] と言ったことを思い出しました。今日は僕にとっても、たくさん気づきがあるすばらしいお話を聞けて良かったです。なんか人生が変わってしまったかもしれません(笑)。ユヌスさん、本当にありがとうございました!

 

▼ムハマド・ユヌス

1940年、バングラデシュ・チッタゴン生まれ。チッタゴン・カレッジ、ダッカ大学を卒業後、チッタゴン・カレッジの経済学講師を経て米ヴァンダービルト大学で経済学博士号を取得。1983年にグラミン銀行を設立。農村部の貧しい人々へ無担保・低金利で融資を行う「マイクロクレジット」を展開し、貧困問題解消に尽力する。2006年にノーベル平和賞を受賞。ユヌス氏が提唱する「ソーシャルビジネス」は次世代の新しいビジネスのかたちとして世界各国で大きな注目を集めている。著書に『ムハマド・ユヌス自伝――貧困なき世界をめざす銀行家』『貧困のない世界を創る』『ソーシャル・ビジネス革命――世界の課題を解決する新たな経済システム』(すべて早川書房)がある。

ウェブサイト:http://www.muhammadyunus.org/

ツイッターID:@Yunus_Centre

 

▼佐久間裕美子(さくま・ゆみこ)

1973年生まれ。米ニューヨーク在住ライター。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。出版社、通信社などを経て2003年からフリーに。インディペンデントのデジタルマガジンPERSICOPE(http://wearetheperiscope.com)の編集長を務める。

ウェブサイト:http://yumikosakuma.com/

ツイッターID:@yumikosakuma

 

[*1] http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201103/1.html

第1回 社会を良くするビジネスって? ~社会起業って何?(上)- ソーシャルビジネスが拓く新しい働き方と市場 : 日経Bizアカデミー

http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000007122012

第2回 社会を良くするビジネスって? ~社会起業って何?(下)- ソーシャルビジネスが拓く新しい働き方と市場 : 日経Bizアカデミー

http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000014122012

本メルマガvol.66「メディア/イベントプレイバック」に登場したChange.org(http://www.change.org)も社会的企業の1つ。

http://tsuda.ru/tsudamag/2013/02/1978/

[*2] http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000020122012

http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000004012013

http://www.dir.co.jp/consulting/insight/biz/20121219_006606.html

http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/sbcb/index.html

[*3] グラミン銀行を中核として、インフラ・通信・医療・福祉・教育・エネルギー・製造・ファンドなど、多分野で「グラミン・ファミリー」と呼ばれる事業を展開している。

http://www.grameen-info.org/index.php?option=com_content&task=view&id=465&Itemid=547

また、グラミン・ユニクロやグラミン・ダノン・フーズ、BASFグラミン、グラミン・ヴェオリア・ウォーターなどのジョイント・ベンチャーも数多く立ち上げられている。

http://www.grameenuniqlo.com/jp/about/

http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-danone-foods-ltd.html

http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/basf-grameen-ltd.html

http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-veolia-water-ltd.html

[*4] ユヌスさんが提唱するソーシャルビジネスの7原則では、「財務的、経済的な持続可能性」が掲げられている。

http://www.grameencreativelab.com/a-concept-to-eradicate-poverty/7-principles.html

http://jp.grameencreativelab.com/a-concept-to-eradicate-poverty/7-principles.html

[*5]『Banker To the Poor』

http://www.bankertothepoor.com/

邦訳は『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』として発売され、世界的なベストセラーとなった。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152081899/tsudamag-22

[*6] http://www.miraimeishi.net/award/

[*7] http://ameblo.jp/watanabemiki/

http://www.watanabemiki.net/

[*8] http://www.grameen.com/

http://kotobank.jp/word/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%8A%80%E8%A1%8C

[*9] マイクロクレジットとは、貧困層や女性など、通常の金融機関からは融資を受けられない人びとに、無担保で少額融資を行う金融サービスのこと。

http://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%88

マイクロクレジットの仕組みは以下の記事に詳しい。

http://www.daiwa.jp/microfinance/03.html

融資だけではなく貯蓄や保険など、広範な金融サービスを提供しているものを「マイクロファイナンス」と呼ぶ。

http://www.daiwa.jp/microfinance/01.html

[*10] http://www.daiwa.jp/microfinance/05.html

[*11] http://www.nikkei.com/article/DGXNZO44053150T20C12A7TJ1000/

http://socialinnovationexchange.org/global/network-highlights/news/collaboration-muhammad-yunus-raise-funds-social-enterprises-india

http://www.yunussb.com/index.php/incubator-funds/albania

http://www.muhammadyunus.org/index.php/yunus-centre/yunus-centre-highlights/825-yunus-centre-to-sign-agreement-with-brazilian-government

http://www.yunussb.com/index.php/incubator-funds/haiti

[*12] http://allabout.co.jp/gm/gc/293099/

http://kotobank.jp/word/CSR

[*13] http://www.gshakti.org/

http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-shakti.html

以下のレポートでは、太陽光発電の成功事例として、グラミン・シャクティが紹介され、仕組みの概要が説明されている。

http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/sl_info/working_papers/pdf/report20120618.pdf

[*14] http://www.maitake.co.jp

[*15] http://www.maitake.co.jp/csr/

[*16] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152091827/tsudamag-22

[*17] http://powerofcloset.com/

本メルマガvol.61「今週のニュースピックアップ Expanded」で、パワクロの代表理事・三上和仁さんと、理事の川村久美さんにパワクロの立ち上げの経緯やその狙いなどについてお話を伺った。

http://tsuda.ru/tsudamag/2013/01/1777/

[*18] http://sbrc.kyushu-u.ac.jp/

[*19] http://diamond.jp/articles/-/10044

[*20] http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20111006/223050/

http://www.dir.co.jp/library/column/120726.html

2011年11月には、APEC首脳会談に出席した野田佳彦首相(当時)が、「わが国は少子高齢化の進展とともに、震災を契機に厳しいエネルギー制約に直面している。いわば世界の中の『課題先進国』だ」と発言している。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS14017_U1A111C1EB1000/

[*21] http://biography.sophia-it.com/content/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4

[*22] 原文では"The best way to predict the future is to invent it."

http://www.smalltalk.org/alankay.html

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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