津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

ソーシャルビジネスが世界を変える――ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み

社会的起業を支援する「ソーシャルファンド」とは?

津田:今回は「みんなの夢AWARD」[*6] の審査員として来日されたわけですが、審査だけでなく、主宰者であるワタミの渡邉美樹社長 [*7] と日本でソーシャルビジネスを広めるためにプロジェクトを企画されていると伺いました。それはどんな内容なんでしょうか?

ユヌス:実は今、ソーシャルビジネスファンド――基金を立ち上げるための準備をしています。若い人、エグゼクティブ、IT系の方々、誰でもいいのですが、社会問題を解決するためのアイデアと、企業を立ち上げるための方法論を思いついた人に出資するための基金ですね。これが日本でやろうとしているイニシアチブのひとつめ。そのほかにもバングラデシュで、ワタミとジョイント・ベンチャー――合弁企業を立ち上げようとしています。ワタミレストランのコンセプトをバングラデシュに導入し、低所得者層に、健康的で手頃な値段で提供する。彼らが不衛生な食事を食べたり、食事に必要以上にお金を費やすことを減らすことができる。良質の食品を手頃な値段で食べられる場を提供する。このふたつの準備が進んでいます。

津田:なるほど。ユヌスさんが立ち上げたグラミン銀行 [*8] はもともと貧困層に無担保でお金を貸し出す「マイクロクレジット」[*9] で注目を集めました。グラミン銀行では、マイクロクレジットだけでなく、世界中で盛り上がりつつあるソーシャルビジネスに対する融資も行っているのでしょうか。

ユヌス:グラミン銀行そのものは、世界各地で活動をするソーシャルビジネスに資金提供しているわけではないんです。グラミン銀行は、あくまでも、バングラデシュ国内で貧しい女性が収入を生み出すための活動を行うための資金を、担保をとらないで融資をするもので、活動はバングラデシュ国内に限られています。ただ、このグラミン銀行のアイデアそのものは世界各地で広がっています。豊かな国、貧しい国、その間くらいにある国――つまりあらゆるタイプの国で、マイクロファイナンス、マイクロクレジットといったコンセプトで、グラミン銀行のような活動をしているところが多数あります [*10] 。それとは別に、ソーシャルビジネスファンドを世界各地で、同じ思いを持ってくださる人たちと一緒に立ち上げるようになりました [*11] 。日本、インド、アルバニア、ブラジル、ハイチ、ドイツといった国でやっているのですが、こういった基金が、ソーシャルビジネスに対して投資を行なっている。最近では、欧州向けの基金を準備していて、その基金が、各国にあるファンドに投資し、それぞれのファンドがソーシャルビジネスに対して出資、投資をするという流れです。

私が今期待をしているのは、このソーシャルビジネスファンドを、日本でまず国レベルのものとして立ちあげ、それ以降「東京ソーシャルビジネスファンド」「福岡ソーシャルビジネスファンド」「大阪ソーシャルビジネスファンド」と、各地に同じようなファンドを立ちあげていくことです。それによって日本ソーシャルビジネスファンドから各地のファンドに資金提供をし、そこから各地にソーシャルビジネスが生まれ、問題を解決するためのクリエイティブなアイデアが生まれる、という流れを期待してるわけですね。そのひとつの大きな財源としては、CSR [*12] 用の資金が考えられます。これは「企業の社会的責任」などと呼ばれ、企業がチャリティなど、社会責任と関係のある活動のために割く予算ですね。つまり、CSR予算の使い方としては、一歩進んだかたちになります。これまで伝統的にやられてきたように、どこかに金銭を寄付するだけでなく、企業そのものがソーシャルビジネスを始める。両方考えられると思います。伝統的なNGOなどにお金を与える方法と、この新しい方法がある、と。

津田:なるほど。今ソーシャルビジネスが注目されて、それをやりたい若い人も増えてきていると思うのですが、良いアイデアを思いついたとしても事業化するのには当然初期費用がかかるわけですよね。そういうことをサポートするのがソーシャルファンドだと思うのですが、ユヌスさんが関わったソーシャルファンドの中で、初期費用を提供したことによって良いアイデアが実現された成功事例を教えていただけますか?

ユヌス:バングラデシュでの例を挙げると、グラミン・シャクティ [*13] があります。バングラデシュの農村部に、家庭用の電気を供給するために、ソーラー発電のシステムを設置する会社です。バングラデシュではまだ国民の70%が電気に対するアクセスがないので、日が沈むと文字通り真っ暗になってしまう。日没後は、家の中でランプを付けて生活しなければならないんですね。われわれは、それに対する解決策としてソーラー発電を可能にする家庭用の太陽光システムを推進しようと、16年前にソーシャルビジネスの会社を作りました。でも、最初のうちはなかなか売れなかった。このシステムで発電できることを信じてもらえなかったのと、人々にとってとても高額だったこともあります。なので、月に3台から4台分のシステムを売れるようになるまで長い時間がかかりました。それが月10台になり、そして20台になり、だんだん増えていって16年たった今では一日に1000台以上を売っています。16年たった今、100万世帯にソーラーシステムを設置しました。あと3年で200万世帯に到達すると考えていて、これからは3年ごとに100万世帯ずつ増えていく見通しです。これはソーシャルビジネスとして、営利目的ではなくて、国民が抱えていた問題を、再生可能エネルギーを使い、環境にやさしい方法で解決したかった。環境問題と人々が抱える問題を解決したのです。

もうひとつ簡単な例があります。日本の雪国まいたけ [*14] とのジョイントベンチャーで始めたソーシャルビジネス [*15] なんですが、もやしの材料になる緑豆をバングラデシュで作って、日本向けに輸出する。今日本で売られるようになりました。これは休耕地を有効利用する効果もあり、耕作をするということで窒素固定もできる、そして人々には栄養のある食べ物が供給できるし、女性には雇用が生まれる。そして土壌もより肥沃になるし、バングラデシュに輸出する商品ができました。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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