「選手の報酬制度ですが、我々は年俸制を全廃の上、プロ選手としての勤続年数をベ ースとした職能給制度を導入いたします。つまり、ルーキー一年目は野球規約の最低年俸である440万円からスタートし、1軍昇格後は1500万から再スタートとい うことです。ま、本塁打数や勝ち星で若干はボーナスに色は付けますがね」
「あ、あの、読売新聞社ですが、じゃあレギュラーとベンチで、年俸、いや年収はそんなに変わらないってことになりますよね? ていうか、ボーナスがあるんですか? プロなのに......」
「我々連合の理念は、労働者はまず生活給を保証されねばならない、というものです。 ですから、全選手に生活できるだけの給料を保証しましょう。そして、それを超えた 活躍に対しては、臨時給、つまりボーナスという形で上乗せしましょうということな のです。 年代後半まで、この国では当たり前に行われてきた慣習ですよ」
「し、しかし、それでは有能な選手が流出してしまうでしょう。長いペナントレース、 そんなシステムで戦えるんですかね?」
「それはおかしい! だったらコテコテの終身雇用を維持しているお宅の新聞社(※5)は戦っていないとでも言うんですか?」
「そ、それは...」
「親会社はこてこての終身雇用のくせに、外国かぶれの年俸制なんて採用してる球団 には絶対に負けませんよ。うちは親も子も、正々堂々、終身雇用を貫かせていただきます」
パンパカパーンとファンファーレが鳴るとともに、背後の壁にかかっていた紫の幕が下ろされ、達筆で書かれた文字が顔を出した。
連合ユニオンズ三憲章
・ユニオンズは常に賃下げすることなかれ
・ユニオンズは常に解雇することなかれ
・ユニオンズは年俸制球団に追い付き、そして追い越せ
「我々は選手に、賃下げや解雇のない最高のプレー環境を提供します。そう、ユニオンズは史上初の終身雇用球団なのです!」
立派な演出とは裏腹に、渡辺にはその内容がひどく滑稽なものに思えた。
「巨人軍憲章をもじったんだろうけど、1、2番は自分たちの権利のことじゃないか。 3番目にしても、結局は連合のために頑張りましょうってことだろう。ファンの目線は完全に度外視してるじゃないか」
会見は続き、記者たちとユニオンズ側のやり取りはそれなりに盛り上がった。ドラフトはどうするか、どんなスタイルのチームを目指すのか。
「では、質問がないようでしたら、そろそろお開きとさせていただきますが......」
最後に、渡辺は一つの質問をぶつけてみた。この会が始まった時から、いや、連合が横須賀ベイブルースを買収すると聞いた時から抱いていた質問だ。
※5 親会社はこてこての終身雇用/新聞社や電鉄会社など、プロ野球球団を保有する有名大企業は、一部の例外を除いて年功序列・終身雇用を守る、典型的な日本型企業である。そういう意味では、数少ない例外である楽天イーグルスが日本シリーズを制した2013年は、10年後に振り返ってみると大きなターニングポイントとみなされているかもしれない。

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