岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

今そこにある「SNSの呪い」の危機

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これは2年ほど前のことだ。ぼくが飛行機の窓から外を撮った写真をツイートしたら、「これって滑走路を走行中に撮った写真じゃないですか? だったらアウトですよね?」というリプライが来た。もちろん、それは停止中に撮った写真で、当時の航空会社のルールに違反していたわけではないのだが(今は走行中でもセーフになった)、そのときに強烈に感じたのが、「多くの人々はぼくがルール違反を犯すことを潜在的、無意識的に望んでいる」ということだった。

多くの人にとって、ぼくはどうでもいい人間だ。そういう人間がルール違反に手を染めることほど、愉快なことはない。そのために、多くの人が潜在的、無意識的に、ぼくがルール違反を犯すことを望んでいるというわけである。

そういう、人々の潜在的、無意識的な悪意が言葉となって顕在化することを「呪い」という。人間の心理は不思議なもので、こうした呪いに対する防御力がないと、すぐそれにやられてしまう。具体的には、人々が「自分がルール違反を犯すことを望んでいる」と知ったとき、それに応えようとしてしまうのである。

人間は、これも本能的、無意識的に、人々の期待に応えようとすることがある。たとえそれが自分の意に沿わないことであったり、ルール違反であったりしてもだ。上記の例でいえば、禁止されている場所で写真撮影を行い、それをアップしたい誘惑にかられるのである。

「呪い」の効果は存外に大きい。それは人間の無意識に訴えかける催眠術の一種なのだ。いうなれば心理的な攻撃といえよう。これは、現代においても非常に効果的である。いやむしろ、現代において鮮やかに復活した。

もちろん、心理戦だから百発百中ではなく、相手がガードしている場合は必ずしも効果を発揮するわけではない。が、少なくともそれで疲弊させることはできる。ぼくは実際に疲弊した。そういう人々の無意識の悪意に触れて、「これはありふれた社会現象なんだ」と理解しつつも、「どうしてそんな悪意を突きつけられなければならないのか」という被害者意識を抑えることができず、ほとほと疲れてしまった。

よく2ちゃんねるで、疲弊した攻撃対象に対して「効いている効いてる」と表現するが、ぼくは実際に効いてしまった。そうして今では、Twitterもフェイスブックもアカウントこそあるものの、すっかり私的なことはつぶやかなくなったし、写真もあげなくなった。

ところで、ぼくは昔から、ぼく個人の問題が社会とリンクするという性質がある。そう考えると、ぼくのこの疲弊も、やがて社会的な問題となる可能性があると思っている。やがて多くの人が、SNSの呪いに心身を疲弊させるようになるということだ。

もちろん、今でもSNSの弊害は叫ばれている。「SNS疲れ」という言葉もある。しかし現状の「SNS疲れ」は、コミュニケーションを強要されることの疎ましさや、設定したキャラを演じ続けることの疲れをいっているのみで、必ずしも「呪い」の効果を指したものではない。

だから、この問題はこれから大きくなっていくのではないか。逆にいえば、まだみんな気づいていないのではないか。

そして、まだみんなが気づいていないからこそ、その呪いは大きな効果を発揮するだろう。ここにおいて、古の失われた風習かと思われていた「呪い」が、現代においてSNSという格好の培養器を得、鮮やかに蘇ったのだ。

この復活劇は、「マスコミの登場と衰退」に大きく関係しているだろう。

まだマスコミがなかった19世紀までは、人々にとって口コミがほとんど唯一のメディアだった。そこでは、情報に人々の潜在的、無意識的な悪意が介在しやすく、呪いというのは当たり前のようにあった。

ところが、マスコミが登場して人々のコミュニケーション形態が大きく変化した。そこで人々は、媒介者として、あるいは発信者としての力をなくしたため、潜在的、無意識的な悪意を込められなくなった。

だから、そこでの「呪い」はマスコミしか発しなくなって、彼らの標的になったらひとたまりもないが、物理的な制約があったので、それほど多くの人が呪いの標的にされることはなくなった。だから、20世紀の間は「呪い」そのものが下火になったのだ。

それが21世紀になってSNSが登場し、マスコミの影響力が低下すると、再び復活したというわけである。しかしそれは、人々が長らく触れていなかったものなので、まだみんなその怖さに気づいていないし、その耐性もできていない。

その意味で、「呪い」は、そしてSNSは、今が一番怖い時期なのだ。そこでぼくにいえるのは、ただ一つ、「君子危うきに近寄らず」ということだけである。

 

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35『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。

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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

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