小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

ライター業界異変アリ

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年4月29日 Vol.079 <ところ変わればルールも変わる号>より


 
先日、「第1回埼玉ライター会オフィシャル飲み会」が開催されたので、行ってきた。開催場所は京浜東北線蕨駅から徒歩3分という、どローカルなさいたま。

フリーライター同士の飲み会というのはわりと頻繁に行われているのだが、どうしてもジャンルごとに固まる傾向がある。取材でしょっちゅう会うし、お互いの記事もよく読んでるからだ。僕がよく誘われるのは、PC・IT・ガジェット・家電系だ。他にもおそらくエンタープライズ系とか経済系とか社会系とかのライターさんの飲み会もあるんだろうけど、仕事で接点がないのでよくわからない。

飲み会にはライターの武者良太さんが、既に1杯ひっかけて出来上がった状態から合流してきたので、少しお話しさせてもらった。武者さんは以前から面識もあったのだが、先日僕が被取材者、武者さんが取材者という立場でお仕事させてもらったばかりだった。

ライターという職業では、ひとつのコンテンツを一緒に作るということはない。僕は企画広告なんかで誰かに取材されることはままあるのだが、そういう時はたいてい、知らない編集さんと知らないライターさんが相手である。広告・広報案件がメインの人とか、ライフスタイル系の人とかだと接点がないので、必然的にそうなってくる。今回みたいに、知ってる編集者と知ってるライターがアサインされるのはかなり珍しい。締め切りの相談とかしているのを横で聞いていて、へー他の人はこうやって交渉するんだーとか思った次第である。

ライティングは教えられるか

武者さんといえば先日、『1本2000円からのシフトチェンジ「Webライター生存戦略TIPS 2016」』というイベントに登壇されていて、ライターとしての戦略みたいなのが記事になっていた。

「顔と名前を売る」か「裏方として信頼される」か|ウェブライターの生存戦略2016

それを読んで、もし自分がそういうことを聞かれたら何を答えるかなぁ、と考えてみたが、たぶんスキルアップしたいライターさんにはまるで役に立たないことしか思い浮かばなかった。なぜならば、僕は「ちゃんとしたルート」でライターになってないからである。

今活躍しているPC・IT・ガジェット・家電系のフリーライターは、たいていどこかメディアの編集部にいて記者や編集者をやり、それからライターになった人がほとんどだ。一方僕はといえば、2000年前後まではフリーのテレビ放送技術者で、副業のような形で小さいレビュー記事を書いていた。そこからたまたまPCの世界が動画へと傾き始め、当時のPCライター界には動画のことがわかる人がいなかった。だから重宝されたわけだ。小論文だけで一芸入試に受かった帰国子女みたいなものなんである。

だから自分のようなライターになりたいと言われても、お伝えできるノウハウとか何もない。すごい頑張ったわけでもないし、戦略的に進めてきたわけでもない。なんか気が付いたらここに立ってたという、呆れたヤツなのである。

しかしネットを検索すると、ライターになりたいという人がたくさんいて、Webメディアもライターをバリバリ募集していて、エラいことになったなと思っている。ほんの5〜6年前までPC/IT系ライターの間では、若い子が全然入ってこない、このままみんな歳とっていっちゃうという危機感を持って仕事をしていたのが嘘のようだ。

それが1本2,000円ぐらいのギャランティで原稿が募集され、月額10万円稼ぐにはどうやって効率よく記事化するか、みたいなブログが人気だったりするみたいだ。記事1本がどれぐらいの分量なのか知らないが、単価2,000円で10万円稼ぐとなると、月に50本書くことになる。1カ月20日働いたとして、1日2〜3本の記事をコンスタントにあげることになる。

ブログ形式で短いエントリーを多発するメディアとか、プレスリリースを拾って流すニュースサイトだと、1人の編集者が出す記事量はだいたいそんなものかもしれない。だがネタを拾って取材したり調べたり考えたりして書く記事を1日2〜3本となると、それこそ一日中パソコンの前に張り付いていても達成できるとは思えない。したがって努力の方向性としては、数を増やすことではなく、単価を上げる方向が正しいということになる。

ベテランと言われるライターは、当然ながらそんなギャランティでは仕事をしていない。だから2,000円で記事を書いているみなさんは我々の話を聞きたがるのだろうが、そこにはものすごく大きなキャズムがある。

今IT分野の主力ライター陣の年齢層ってだいたい40代じゃないかと思うが、普通だったらそこから5年10年年下の子が弟子のようにくっついて、そこで仕事を覚えて同じ世界で食うようになる、というのが一般的なんじゃないかと思う。だが今のライター業界には、30代ぐらいの年齢層がものすごく少ない。外資系のWebメディアには20代の若手が採用されたりしているみたいだが、今のライター業界、ジジイB……と若い子しかいないんである。

そんな中、全然関係ない世界にいた人、たとえば主婦だったりこないだまで学生だったり、会社辞めて無職といった人たちの2,000円ライター層が、忽然と姿を現した。

こういう人たちはバックボーンが文章業界ではないので、武者さんがセミナーでスキルアップのために「企画とか校正力大事」みたいな話をしても、全然わからないんだと思う。企画や校正など、いわゆる「制作」の仕事を見たことがないからだ。共通言語を持たない人に、話だけでノウハウは教えられない。

「フリー」は目指すものなのか

前出のように、ライターとしてのスキルアップのために僕が教えられるノウハウは何もないのだが、でも生え抜きの文章業界の人よりも、僕みたいに異業種参入の方がもしかしたら伝えられることがあるかもしれない。

異業種参入組としてライターをやっている人を見て、もったいないなと思うのは、無理して今のメディア業界に馴染もうとしているところである。それだと、以前のキャリアが全然役に立っていない。いい歳して「何にも知りません宜しくお願いします」では、歳食ってる分だけ新卒より使いづらい。自分がやってきたことが足がかりにできるような分野や方向性に、活動を絞るべきだろう。

新しい分野に進出したいなら、普遍的な問題がいっぱいある分野で、他のライターがいないところに行くべきである。スマホだIoTだとフラフラしても、人がいっぱいいるところでは、自分が掴まれるハンドルは、ちょこっとしかない。最先端ごっこがしたいだけなら止めないけど。

それからライターというテンプレートなスタイルにこだわりすぎなんじゃないか、というところも気になる。Macbookをスタバで広げてドヤリングみたいな仕事の仕方って、都市伝説だから。ちゃんと稼げてるライターは都心にコワーキングスペースを借りて、そこを拠点に仕事するもんですよ。

まあこれはライティングのスタイルにもよると思うが、僕は主に家でしか原稿を書かない。家でしか集中できないわけではなく、その逆である。筆が進まないときにいくらパソコンのまでウンウン唸っても、進まないものは進まない。こういうときに家なら、気分転換できるものがたくさんあるのだ。その辺を掃除したり、晩御飯の仕込みをしたり、買い物に行ったりジョギングしたり、いろいろできる。書いてる途中で中断してPTAやったり子供会やったり自治会やったり、そういうこともできる。

そうやって別のことをしているうちに、行き詰まってた部分の先が見えたり、別の切り口が見えたりするのだ。結果的に、ウンウン唸って5時間かかった原稿より、他のことしながらどっちが片手間だかわからない5時間の原稿の方が、バランスが良かったりする。さらに別の書くネタも拾えたりする。

自分に最適なスタイルを見つけるまでは数年かかるが、人と同じ方法が良いという先入観は捨てた方がいいだろう。せっかくフリーなんだから。結果として、いろいろ試したけどフリーでいることが最適解という人じゃないと、フリーで居られない。だから「これからフリーで食えるようになる」とかいわれると、「大丈夫?」とものすごく心配になってしまうのだ。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2016年4月29日 Vol.079 <ところ変わればルールも変わる号> 目次

01 論壇【西田】
 スマホ生産基地・深圳電気街を歩く
02 余談【小寺】
 ライター業界異変アリ
03 対談【小寺・西田】
 石野純也さんに聞く「変わり続ける日本のモバイルとMVNO」(3)
04 過去記事【西田】
 すべての快楽は「親指」「小指」が握る
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
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