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岩崎夏海の競争考(その23)なぜ若者に奴隷根性が植えつけられたか?(後編)
シラケ世代は子供をどのように育てようと思ったのか
シラケ世代の若者は、幼年期にあさま山荘事件を経験し、「戦っては負けだ」「熱くなるのはバカらしい」という考えを深く根づかせたのにもかかわらず、厳しい受験戦争をくぐり抜けなければならなかった。そのため、大学に入って以降はバブル経済の後押しもあって、遊びに狂った。そんな中、やがて子供が生まれる段になって、「自分たちの子供には苦しい思いをさせたくない」という思いを強くした。そうして、「子供には競争をさせるべきではない」という考えを、どんどんと先鋭化させていったのだ。
ゆとり教育は、1996年、文部省(現文科省)が学習指導要領に「ゆとりを重視する」と記載したことから、そう呼ばれることとなった。この「ゆとり」の文言は、その後2010年まで記載され続けるのだが、「ゆとり教育の弊害」が叫ばれる中で、2011年、ついにその姿を消すこととなった。そのため、ゆとり教育の期間は諸説あるが、ここでは1996年から2010年までの15年間をそう位置づける。
このゆとり教育は、上記のように文部省の指導があったとはいえ、もちろんそれだけで始まったわけではない。そこには、世間の強烈な後押しがあった。特に、小さな子を持つ若い父母――つまりシラケ世代の支持があって、初めて実現したのである。
シラケ世代は、ある意味では歴史の被害者といえるかも知れない。時代が激動し、価値観が二転三転する中で、その生き方を翻弄された。挙げ句に、待ち受けていたのは「苦労」ではなく、史上空前の好景気である「バブル経済」であった。
バブル経済とは何だったのか? それを知るには、柳沢きみおの「妻をめとらば」というマンガを読むのがいい。このマンガは、80年代後半のバブル経済のまっただ中で、バブル経済の主役ともいえる「証券マン」を主人公に描いた作品で、今読むと、「バブル経済とは何か?」を伝える同時代からのリアルなレポートとなっている。
バブル経済の「象徴」はいくつもあるが、そのうちの一つに「赤坂プリンスホテル」がある。当時、クリスマスにカップルで赤坂プリンスホテルに泊まることがオシャレとされていたのだ。そのため、予約は受け付け開始からほんの数分で埋まったという。ただし、予約は三ヶ月前から受け付けるので、クリスマスまでにはまだ間があり、その間に別れてしまってせっかくの予約をふいにしたという笑い話もあった。
また、この頃は「アッシー」「メッシー」という言葉が流行語になり、男性が女性を車で送ったり(アッシー)、ご飯を奢ること(メッシー)が「男のたしなみ」とされていた。そういうふうに、若い男性は高級ホテルの宿泊代や自動車代、あるいはレストランの食事代など、女性とつき合うには多額の出費を必要とした。そのお金を、彼らは働くことで稼ぎ出していた。それこそがバブル景気の特徴なのだが、この時代は、普通の勤め人でも、あるいは学生のアルバイトでも、多額のお金を簡単に稼ぐことができたのだ。
例えば、学生が当時人手不足だった肉体労働のアルバイトをすれば、月に5、60万は簡単に稼げた。あるいは、証券会社や建設会社など、バブル経済の中心にいる企業に就職すれば、新入社員でも月に100万円は稼ぐことができた。年収は、1年目で優に1千万円を超えていた。なぜサラリーマンがそれほど稼げたかといえば、ボーナスの支給額が多かったということもあるが、それ以上に、残業代がほぼ全額支給されていたからだ。そのため、働けば働くほどお金が稼げたのである。
そういう時代を体験した若者たちは、自らは忙しく働きながらも、「生まれてきた我が子には楽をさせたい」と、さらに強く思うようになった。そうして、「自分のような苦労は、もう自分たちの世代で終わらせよう」と固く心に誓った。特に、シラケ世代の両親は戦中に育った頃合いで、非常に逞しかった。だから、自分自身は厳しく躾けられたのだが、そんな親への反動もあった。彼らは親が大嫌いで、だからこそ、そういう親にはなるまいと、子供に優しくしたり、子供に好かれることに主眼を置いたりしたのである。
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