旧聞に入ってしまうかもしれませんが、10月31日の衆議院解散総選挙後、調査報告ラッシュ終わりに取引先と一緒になって毎年恒例の地方巡業を少ししました。と言っても、昨年はコロナで中止、今年も受け入れ先の問題もあるので日程も訪問先も会議数も大幅縮小でしたので、ちょっとした小旅行で終わってしまったのが残念でしたが、それでも二年ぶりにリアルでお目にかかる、地方経済を支える人たちが無事に暮らしておられ再会できてよかったです。
これもまた調査研究の一環ですので報告書を書いて提出して任務完了、となるはずだったのですが、コロナ禍もあって外国から来られる技能実習生が来なくなり、人手不足で農加工業を中心に黒字倒産しかねない事例が増えていたため、もの凄く気になったわけですよ。
もちろん、私の観点からすればそれ以前の問題として「お前ら地元の人たちに手伝ってもらうのにあわよくばタダ働きさせようとしたり、あるいは契約も結ばずに最低賃金程度かそれ以下のおカネしか払わないような仕事のさせ方をするな」という地方特有の問題はあります。
彼らの言い分は「最低賃金でやっても利益が出ない」という話であり、これが地方財界や農業界の強固な共通認識の一部であって、地方経済衰退の象徴とされるケースもまた多いのです。地元マスコミも農産品が売れない地方農家の疲弊を取り上げますし、地方経済もそういう「可哀想な」地方の農家を助けろという論調が支持されやすい。まあ自分ごとですから、こんなに苦しんでいるのに何故助けてくれないんだ、という話になります。
ところが、ここ5年ぐらい地方経済のあれこれと向き合っていると、これらの「彼らの中での常識」は自縄自縛になっていることに気づきます。まず、外国人実習生ありきで作業を組み立てているのは、主に収穫、梱包、出荷の各作業を彼らに担ってもらう前提ですが、この時点で斡旋する人事業者に支払っている金額と、彼らが実際にもらえる手取りの金額自体が違い過ぎます。私らが指導するのは、期限の定めのない(その外国人実習生が日本で働く限り無期限で支払う)契約で受け入れている外国人実習生をきちんと農協や農家が契約で雇い上げ、彼らに応分のおカネを払ってあげましょうよ、それ以外のピンハネ業者は面倒な人たちもいるけど道県に報告したうえで弁護士立てちゃえば逃げ散るしかないのだからドンと構えてちゃんと外国人を受け入れ、場合によっては定住できるように取り計らいましょうよという話をするとすんなり通ります。私どもの関係先だけでも200人以上外国人が日本に定住し、元からいた人も含めれば30人ぐらい日本で家庭を築き日本人に帰化されています。
コロナ禍もあって帰ってしまい、あらたに呼び寄せることのできない外国人も数多いので、それはそれでまた連絡は取るとして、必要なのは人手であり、地元で働く日本人の普通の住民をアルバイトなどで雇って対処しなければ旬を逃したり腐ったりしてしまいます。ところが、地方の人たちは「手伝ってくれて当然」「人手は言えば集まるもの」という気持ちがいまだにどこかにあり、募集も最低賃金で、近くまで車で来い、昼飯に弁当も出さずという待遇で、そんな募集に人が集まらないので「最近は人が集まらない」「集まらない」と困ってるんですよね。で、高齢の小作農の皆さんが長時間労働して出荷作業をやり、腰が痛いとか具合がよくないとか言っているわけです。明らかに過重労働で困ったことになっているのが実情じゃないかと思います。
私たちからすれば、そんな待遇の募集で来るわけないだろうと。支払額をさかのぼって計算してみると、支払いで時給500円を切るような実労働を当たり前のようにさせるものもありました。一度は来ても、二度と来ないでしょう。
なので、近隣の出荷農家の人たちを農協と相談して束ねて、近くの市で軽作業の募集を出し、マイクロバスでの送迎もし、支払賃金を時給1,500円に設定して昼飯を出すようアドバイスをしました。それでも、爺さんがたは破格に高い金額を払うのはよろしくないとお怒りだったわけですけれども、それで人手が増えてきちんと出荷できて売上が立つ見込みがある立派な作物なのだから、まずはちゃんと出荷できるジョブフローを作り、そこに人を充て、ちゃんと払ってみんなで儲かるようにしましょうよ、という説得から入らないといけないのです。
また、コロナで沈没していたこの二年間の間に、馴染みのあった地主のお婆さんが亡くなり、筆分けされた農地に小作がつかず休耕田や未稼働の畑になっている箇所が増えていました。これはもうどうにもならないのですが、商品作物や生鮮食料品の扱いをする場合にこれを再び立ち上げるのは大変ですし、小作を担当できる兼業農家の皆さんも高齢でこれ以上の負担には耐えられないということでぶん投げている状態です。
とはいえ、そこは都市圏に比較的近いこともあって、東京の某飲食チェーンから契約栽培の話を出してもらって生産計画を立て、また、複数の出荷ルートを用意したらどうかということで卸さん経由でスーパーにも一部産品を出してもらうことになりました。
本当は、そこにブランド化して付加価値をつけようとか、農地を整理して生産性を上げようというような「スマートな」提案をするのが筋なんでしょうが、ほとんどの関係先がそれ以前の問題で立ち止まってみんな苦しい苦しい言っているわけですよ。
しかも、そういう未稼働資産が農地や農具含めてどんどん増えていく状態で、一番困っているのは金融機関です。ほとんどが一年のロールオーバーで資金繰りをしているところ、農協自体が(彼らが悪いばかりではなくさまざまな事情もあって)ファイナンスできなくなり、仕方なく地元の信組信金に借入を起こす際にもちょっとした問題が起きます。
一番最悪なのは廃業したいけど借入の返済がむつかしく廃業できない高齢の専業農家、二番目に最悪なのはロールオーバーかかって小作手配も終えたのに亡くなってしまう高齢の専業農家や地主さんです。第三者である私たちにはどうすることもできない。「櫛の歯が抜けるように」という表現がぴったりなほど、生産性の低さ、収入の不安定さ、関わる人の高齢化とでボロボロになっていくわけですよ。
よく「どうにかしてほしい」と言われるのですが、制度的にも状況的にもどうにもならない部分がたくさんあるので、私たちがコントロールできるところでやるしかないでしょうということで、指導したりお願いしたりするのは「長期契約で直接販売」しつつ、「失注を怖れず販売の価格を引き上げること」と「働いてくれる人にしっかりとした賃金を支払うこと」です。
何より「利益の出る金額でモノを売る」からこそ商売なのであって、出す値段で妥協するということは、産地も産品もその程度のものでしかないと自分から言うに等しいことだよという話をすると、みんな「へーー」となります。高齢者の方が「親父お袋から引き継いだ土地から離れたくない」と仰る気持ちも分かるので、こちらから「その大事な土地からできたものが安く売られることはどう思いますか」とお話をすると、何となくご理解は戴けることが多い感じがします。
また、地元に魅力がないから定住者が増えないという話も、みんな生活があるのに不便なところに住むのはそこで儲かるか、何か愛着があるからですよね、という折り返しをします。若い人ほど出ていくのは理由があり、学校も遠い、学んでも生かせる職場がない、仕事があっても安くて儲からないとなれば、出ていくのは当然でしょう、と。
多かれ少なかれ、どこの地域に足を向けても皆さん同じ問題で立ち往生し、どうにかならないかと悩んでいることは多くあります。頑張って打開したいという人たちも、目の前でAコープが潰れそうになっても何もできない無力感を味わう高齢者の方が肩を落としているのを見ると、人が減るというのはそれだけ厳しいことなのだと実感します。
子どもがかかる小児科のある病院まで車で40分だ、いや、何かあって倒れても救急車はすぐ来ないぞ、さまざまな問題も抱えつつ、生産性をどう確保するのかという命題を私たちが突き付けられるのは債権の問題です。人がいなくなって地域が潰れれば、そこに金を貸すことで成り立ってきた地方金融もまた役割を終える… のですが、残るのは大量の不良債権と誰も耕さなくなった担保設定された農地なんですよ。
こんなものを見せられて、日本人にとってコメは重要だ、食糧こそ最大の安全保障だ、という話が大上段から振ってくる割に、目の前の農機具を動かすためのディーゼル用燃料が決済金不足か運搬する人員不在で届かなくて一週間待ってるとか平気であって、どうやって生産性を高めるんだって話になるわけですね。これが、ある程度大きい、何百、何千ヘクタールと耕地がだっとある地域にまで火の手が回らないうちに、うまく整理できるような農政を考え、地域の再編を進め、最低でも都市生活が維持できるレベルの農産品が近郊で充分に獲れるようにする仕組みが求められていると思うのですが。
ちなみに、カネの面から話をすると、東日本大震災から地方金融のダブルローン問題に手を付けて10年、これはもう駄目かも分からんねと思っていた世界が順調に駄目になって壊れていきます。掛け声だけは凄いあるんですけどね。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.356 農政と農協系金融機関の深刻な問題に頭を悩ませつつ、政治家や企業のモラル崩壊が及ぼす安全保障の危機について語る回
2021年12月31日発行号 目次
【0. 序文】いまそこにある農政危機と農協系金融機関が抱える時限爆弾について
【1. インシデント1】野田聖子さんご主人・木村(鄭)文信さんとの名誉棄損裁判高裁勝利と余波
【2. インシデント2】企業モラルと安全保障の軋轢
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. 跋文】皆さん良いお年をお迎えください
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