小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

ソフトキーボード、ほんとうに「物理キーと同じ配列でいい」の?

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2016年1月22日 Vol.066 <真実は何処号>より

メインマシンとしてマイクロソフトのSurface Pro4を導入し、仕事ではiPad ProとSurfaceを行ったり来たり、プライベートでは毎日iPad Proを使うという生活をしている。すっかり「大きめタブレット大好きおじさん」だ。それらの機種につけられる専用キーボードももちろん使っているが、日常的に使っていると、ソフトウエアキーボードのお世話になることも多い。ちょっと持ってトイレに入ったり、さっとメールやSNSの書き込みに返事をする時などは、ソフトキーボードで入力している、という時間も長くなる。

そこで、すごく気になっていることがある。

これ、この配列で本当にいいのだろうか?

iPad Proが発売され、レビューが大量に出始めた時のことだ。多くの記事で次のような表現を見かけた。

「iPad Proのソフトキーボードは配列が物理キーボードとほぼ同じなので、戸惑わずに使えて便利」

実は、筆者はその意見に首をかしげていた。そして、毎日使い続けて、その気持ちは確信へと変わっている。

「いやいや、物理キーボードと同じにしたのは、ユーザビリティの面ではむしろマイナスだったよ」と思っているのだ。

なんのことなのか? その辺は配列を見ながら説明しよう。上がiPad Proに最適化された「フルキーボードに近い配列」のソフトキーボード、下がそれ以外のiPad用に使われているソフトキーボードの配列だ。

・iPad Pro用のソフトウエアキーボード。記号も含め、配列はマックのものとほぼ同じだ。

・こちらが最適化されていないキーボード。キーの数があからさまに違う。

「覚える必要がないから楽でしょ」と言うのが、物理キーに近い配列を「便利」とする理由かと思う。

だが、毎日使うとこれがイライラする。

良くあるタイプミスが、エンターを打つべき場所で「:」を入力してしまう、というものだ。日本語ではエンターキーを多用する。変換を確定する時に使うわけで、1行に数回エンターを押すことも珍しくない。そこで、「物理キーに近い配列のソフトキーボード」では、エンターの隣に「:」があるので、ちょっと指の位置がずれるだけで押してしまう。「変換確定したつもりが:を入力」というタイプミスになるわけだ。

また、「A」の隣には、かな・アルファベットの入力モードを切り換えるキー(というかボタンだが)がある。これもミスタイプの元。Aを入力しようと適当に指を動かすと、入力モードが変わってしまってイライラする。

こうしたイライラはなぜ発生するのか? それは、物理キーは「指で押した感覚がある」まで入力されたことにはならないが、ソフトキーボードは「触れて、その後離れたら入力」という扱いだからだ。物理キーでは、指が場所を若干間違えたとしても、それを体が察知して、というか、長年タイプしてきた感触から来る違和感があって「最後まで押して仕舞わずに、なんとなく位置を再度確認する」ことを無意識に行なうのだが、タッチでは「それがミスか」を判断する時間が短いので、体が違和感を覚える前に文字になり、「誤入力」となるのだ、と分析している。

たしかに、物理キーと同じである方が配列はわかりやすいだろう。特に数字や記号入力では、モード切り換えがあると戸惑う。

しかし冷静に考えれば、記号入力は全体の何パーセントだろうか? 誤入力しやすい配列よりも、誤入力は少なく、一部の文字入力に手間がかかる、というスタイルの方が、実は全体効率は上がるはずだ。

iPad Proとおおむね同じスクリーンサイズとなったSurface Pro 4だが、標準設定のソフトキーボードは、キー数を増やさない、小さな画面のものと同じタイプになっている。ただし設定を変えれば、こちらも物理キー準拠の配列を使うことができる。まあこれは、OS側が規定しているものであり、マイクロソフトといえど、自社ハードに特化して設定をいじる、といったことは行っていない。

・Windows 10の標準ソフトキーボード。キー数が少なく、小さなサイズから大きなサイズまで同じ設定で使えるものだ。

・設定を変えると、物理キーに合わせた配列にもできる。こちらの場合、Surface Pro 4クラスのサイズがないと使いづらいだろう。

またあまり知られていないが、Windowsのソフトキーボードは「Ctrl」キーを組み合わせた「キーボードショートカット」も使える。過去のWindowsアプリでの操作性と統一するための措置だが、たしかに悪くない。

筆者は、「ソフトキーボードは数を減らすべし」と言いたいわけではない。人によっては、物理キーと同じであることを望む場合があってもいいし、理解もできる。

だが、ここらでそろそろ「QWERTY形式ソフトキーボードに最適な配列」が見つかっても良い頃だ。また、フリック入力に慣れた人向けには、タブレットでもフリック入力が使えるべきである。この辺、どうもディスプレイサイズの大型化にかまけて、両社とも真剣な検討を重ねていないのではないか、とも思える。

「結局タブレットでも物理キーがないと話になりません」というのでは、単なる先祖返りでしまらない話だ。板状であること、場所をとらないことには美点があるのも間違いない。その美点を生かす、特に日本語環境などでも快適さをスポイルしない、きちんと考慮されたソフトキーボード配列があるべきなのだ。それをやるべきは、オリジナルタブレットを積極的に開発している、アップルやマイクロソフトなのではないか、と期待もしたくなるし、その義務を負っている、とすら、筆者は考えている。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2016年1月22日 Vol.066 <真実は何処号> 目次

01 論壇【小寺】
 「ネットで買った音楽を披露宴で使えない」は本当か 
02 余談【西田】
 ソフトキーボード、ほんとうに「物理キーと同じ配列でいい」の?
03 対談【小寺】
 CES2016から見える景色(2)
04 過去記事【小寺】
 結局、“デジタルホーム”ってなんだ?
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

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筆者:西田宗千佳
フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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