名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

「すぐやる自分」になるために必要なこと

※名越康文メールマガジン 生きるための対話より



損得ではなく、縁で選ぶ

「優柔不断で物事を決められない」という問題は、もちろん「性格的な特性」ということもありえます。ただ、若い方の就職や進路選択といったケースでは、性格以前に、そもそも「選ぶ」あるいは「決める」ということに慣れていない、ということも少なくありません。

例えば、就職活動を考えてみましょう。僕もよく、就職活動を控えた学生の方から相談を受けることがあります。悩んでいる方の話を聞いていると、彼ら、彼女らの多くが、「初任給」「待遇」「社員数」「福利厚生」といった、数字やデータで表すことのできる指標で頭がいっぱいになっていることに気がつきます。

言うまでもなく、就職先を決めるときに、それらの数字やデータは大切です。でも、そういう数値で表せるような「客観的な情報」というのは、最終的に何かを「選ぶ」ときには決め手になってくれません。

僕は、人生を左右するような選択の際には、損得勘定だけではなく、「縁で選ぶ」という感覚を身につけることをお勧めしています。

 

「なんとなく」のほうが間違わない

縁とは何か。それは計量不可能な、非常に感覚的かつ個人的な尺度です。年収とか、待遇のように客観的な比較できるものではなく、あなた自身が「なんとなくこっちがいいなあ」と感じるということ。それが「縁」です。

縁で選ぶメリットのひとつは、損得勘定で選ぶときのような「挫折感」が生じにくいことです。選ぶ基準が感覚的で、個人的なものになればなるほど、選んだ後の後悔や、挫折感は少なくなります。

また、「損得勘定」による選択の弱点は、「賞味期限が短い」ことです。「あの八百屋さんよりこっちのスーパーのほうが100円安い」のであれば、確かにスーパーで買い物をするほうが得です。しかし「得」だからといってみんながスーパーで買い物をしたら、八百屋さんは潰れてしまうかもしれません。そうすると10年、20年という長い期間で見たときには、その地域の「食」全体が貧しくなってしまう、ということだってありうる。

就職活動や進路も同じです。いま給料が高い会社が、10年後も良い待遇を維持できるかどうかは誰にもわかりません。ブラック企業に近いような会社であっても、そこで働いた経験が、その人にとってどこでプラスになるか、ということまでは誰にもわからない。

そういう長期的な視野に立つ必要があるときには、目先の損得勘定ではない、感覚的な判断が必要です。「なんとなくいい感じ」「なんとなく合ってそう」という感覚のほうが、目先の損得よりも、長い目でみると正確でバランスの取れた判断となることは少なくありません。

 

類似性こそが「縁」

「縁」みたいなあやふやな感覚で選ぶなんて不安だ、という人もいると思います。あるいは「縁」と言われても、何が「縁」なのか、自分にはまったく見当もつかない、という人もいるでしょう。

縁とは何か。これを論理的に語ることは難しいのですが、少なくとも心理学的には、僕らは「自分の知る何かに似ているもの」に対して、縁を感じるようです。

少し、僕の経験をお話しましょう。まだ国試を受けたばかりの頃(医師国家試験)、後に勤めることになる病院を初めて訪れた時のことです。それほど新しい病院ではなく、建物もずいぶん古くなっていました。そこでの医局長さん達との面接を終えて帰る時、ふと、ロビーの前にある階段に小さなヒビが入っているのを見つけました。そのとき、そのひび割れに対して、なんとなく「懐かしい」と感じたのを、僕はよく覚えています。初めて来た場所なのに、まるで何年も前からそこを歩いているような感覚があったのです。

別に「壁のひび割れ」そのものに意味がある、というわけではありません。でも、壁のひび割れを見たときに、僕の心の中の何かが反応したということは、その後、僕がその病院に勤めることになったことと、まったく無関係とも思えないんです。

それはたぶん、僕がそれまでの人生の中で過ごしてきた場所や人間関係と、その病院の建物や立地、さらにはそこで働く人たちの間に、何らかの類似性や、共通性があったからだと思います。

「似ている」「同じだ」という感覚。これは「縁」という複雑な概念の、少なくとも一端を説明しているように思います。

 

「類似性」への感度を上げる

一瞬で「縁」があるか、ないかを判断するなんて、非科学的だと思われるかもしれません。でも、僕らはさまざまなことを「一瞬」で判断しているものなんです。

例えばテレビドラマの第1話の冒頭の1分間を見ただけでも、「おもしろい」か「おもしろくない」かというのは、だいたい判断できると思うんです。少なくとも評論家ではない一視聴者としては「このドラマは見よう!」「これは別に見なくていいや」ということを、一瞬のうちに判断しているわけですね。

当然、1分間ではドラマのすべてを見たわけではありません。でもなんとなく「おもしろそうだな」「つまらなそうだ」ということを、私たちは感覚的につかんでいます。

この感覚を磨いていると、だんだんと「縁」をつかむ力が培われてきます。映画のポスターを見て、面白そうな映画か、そうでないかを瞬時に判断する。あるいはカフェや定食屋さんの前で、美味しそうか、いい店かそうでないかを判断する。

お店の外観には、その店のコンセプトが現れているのは当然のことですが、そこで働く人たちの毎日の時間が、積み重なっています。毎朝店のシャッターを開ける店長、出勤してくる店員、訪れる常連のお客さん……そうしたさまざまな人が織りなして来た時間が、店の外観にはにじみだしているんですね。

これは、微細で、計量化するのが非常に難しい情報です。一つ一つは、何を意味しているのか、プラスなのか、マイナスなのかを判別することも難しい微細な情報が折り重なっている。でも、「似ている」「同じだ」という類似性の回路を働かせれば、一瞬にして「ここは自分にとって、縁のある場所かどうか」を判断できるようになってくるんです。

就職活動に臨む学生さんは、もちろん会社の基礎的なデータを調べることから入ってください。それはもちろん、大切なことです。でも、それは「選ぶ」際の決定打にはなりません。きちんとデータを調べたうえで、最終的に「選ぶ」「決める」ために必要なことは、「その場に足を運んで、縁があるかどうかを判断する」ということなんです。

それは、いわゆる公式の「会社訪問」だけでは難しい。例えば朝、社員が出勤してくる時間帯を選んで、会社の周辺を散歩してみてください。何かを判断しよう、と身構えるのではなく、ただぼんやりと、会社の建物や、そこに出入りする人を眺めてみてください。

そういうことを繰り返しているうちに、ふとした拍子に「ああ、自分はここで働くのかもしれない」という感覚が降りてくる。そうしたらきっと、あなたは大切な決断で「迷う」ということが、少なくなってくるはずです。

 

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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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