茂木健一郎
@kenichiromogi

茂木健一郎の「赤毛のアン」で英語づけ(1)

『「赤毛のアン」で英語づけ』(1) つらい現実を超える〝想像〟の力

いかがでしょう?

マシューの短い言葉に対して、アンは一気に話し始めます。

「このかばん、うまくもたないとハンドルが取れちゃうの。私はコツを知っているから、私が運んだ方がいい」「とにかく来てくださってうれしいわ。もしいらっしゃらなかったら、野生の桜の木の上で眠ることになって、それもまたよかったでしょうけど」といった、冒頭の一言二言だけでも、アンが賢く、想像力に満ちた、ユニークな女の子であることがわかります。

アンは、その後もずっと話し続けます。次から次へと、言葉が出て来る。読者は、それが、アンが精神的に貧困(deprivation)の中にあり、他人とのつながりに飢えていたからだ、ということを次第に理解していきます。

「おじさんと一緒に暮らして、おじさんの家の人になるなんて素晴らしい」「これまで、本当の意味では、誰の家の人間にもなったことがない」といったアンの発言に触れて、マシューは、目を輝かせているこの女の子に、手違いだった、本当は男の子が欲しかったなどとは言えない、説明は先延ばしにして、マリラにさせよう、と決意します。

アンは、精神の貧困の中で、想像力で生活を補ってきました。そのアンにとって大切なのは、「想像の余地」(scope for imagination)です。『赤毛のアン』は、人間の想像力が、現実の貧しさを補うために発達してくることもあるという、大切な真実を教えてくれるのです。

ところで、原書を読む際に、すべての単語がわかる必要はありません。今回の文章でいえば、私自身、belted earlという単語の細かいニュアンスがわかりませんでした。他の孤児が、実は貴族の子どもである、という想像の文脈はわかるものの、この表現がピンポイントではわからない。検索してみると、ネイティヴでもわかりにくいらしい。英語のYahoo知恵袋に、こんなやりとりがありました。

Where does the term "belted Earl" come from in the English nobility?
Best Answer ――
Until the 17th century an earl was invested by the Sovereign with the sword he wore at his waist -- hence the term 'a belted earl'

つまり、17世紀までは、伯爵(earl)は、国王からベルトに下げた刀を用いて「任命」されていたので、belted earlというようです。英語の表現の世界は深いですね。そして、原書を読む時に、必ずしもその全貌を把握している必要はないのです。

 

この名文!

But there is so little scope for the imagination in an asylum--only just in the other orphans.
ただ、想像の余地があまりにも少ないんですもの――想像のネタとしては、他の孤児のことくらいしかない。

 

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茂木健一郎
脳科学者。1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文藝評論、美術評論などにも取り組む。2006年1月~2010年3月、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。『脳と仮想』(小林秀雄賞)、『今、ここからすべての場所へ』(桑原武夫学芸賞)、『脳とクオリア』、『生きて死ぬ私』など著書多数。

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