高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

次の食文化を左右するであろうアニマルウェルフェアネスと環境意識

高城未来研究所【Future Report】Vol.606(1月27日)より

今週は、ニュージーランドのネーピアにいます。

北島東部ホークス・ベイ地方に位置するこの街は、南半球最大の羊毛産地を擁する巨大な畜産業と、ニュージーランド最大のリンゴ、西洋梨、ワイン用ブドウの一大産地でもありますが、日本では意外なことで街の名前が知られています。

1971年、王子製紙が家庭用紙事業に進出する際、同社がネーピアでパルプ事業を開始していた縁からティッシュペーパーに「ネピア」の名を採用したため、日本で知らない人はいないほど知名度が高い街名です。
しかしながら、その商標は日本語のローマ字表記に合わせて「Nepia」と和製英語化されており、本来の綴り 「Napier」とは異なっていることもあって、残念ながら由来はほとんど知られていません。

また、かつてネーピアにはニュージーランド最大の喫煙タバコ工場がある「タバコの街」としても名を馳せましたが、規制などで国家として禁煙を推進し喫煙人口が激減。
2005年に年間最大22億本のタバコを生産していた工場は閉鎖します。
その後、主要産業は食肉などの巨大加工工場へと移りました。
結果、ニュージーランドは、生産する牛肉の8割超を輸出に仕向ける世界5位の牛肉輸出国に躍り出ました。

スーパーに出向くとニュージーランド畜産の特徴が一目瞭然です。
店頭に並ぶ卵はフリーレンジ、牛肉や羊肉はグラスフェッドしか置いていません。
卵には、もともと「Cage Egg」=カゴで飼われている鳥が産んだ卵、「Cage Free」=鶏舎内の平たい地面の上で飼う平飼い、「Free range」=完全に制限なく、屋外に放たれている状態の3種ありましたが、つい先日、ニュージーランド政府は鶏の飼育環境の見直しを行い、「Cage Egg」は販売禁止=違法としました。

この背景には、アニマルウェルフェアがあります。

1960年代のイギリスで提唱された「工業的な畜産のあり方」の批判から生まれたアニマルウェルフェアは、感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法をめざす畜産のあり方です。
近年、世界的な動きとして定着してきました。

いまから10年ほど前、英国系航空会社の機内食にも「Free range」の表記があって驚いたことがありますが、年々、味よりも環境や生命に対する責任を食す人間に問われるようになってきました。

しかし、日本の卵の95%以上は鶏舎内のカゴで買われている「Cage egg」であり、ニュージーランドのように「Free range」自体が生産されていないのです。

日本で「牧草牛」と呼ばれるグラスフェッド・ビーフも同じです。
人間の健康のために良いと言われるグラスフェッド・ビーフですが、ニュージーランドでは、人間本位の健康以前にアニマルウェルフェアのための取り組みとしてグラスフェッドが用いられています。
基本的にどの畜産家も牛舎などを置かず、広大な牧草地に牛を放し飼い同然にして育てていますが、畜産業が増加する近年、牛一頭あたりの面積にゆとりを持たせる取り組みが叫ばれています。

現在、ニュージーランド畜産が掲げる基準は、1ヘクタールあたり牛1頭としており、東京ドームほどの広さがあっても10頭程度しか飼いません。
同面積でこれ以上増えると、牛がストレスを感じてしまいます。

また、1ヘクタール当たりの牛飼養頭数の増加により、家畜排せつ物由来の窒素やリンなどの河川への流入が増加し、水質汚濁につながります。
国内の電力の85%程度を水力発電などの再生可能エネルギーで賄っている環境大国ニュージーランドで、自然破壊は「国富を破壊する行為」とみなされています。

動物の暮らしと環境負荷を、この星の食物連鎖の頂点に立つ人間に問うニュージーランド。

味やコストではなく、アニマルウェルフェアネスと環境意識が次の食文化を大きく左右するだろうな、と実感する今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.606 1月27日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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