四.「怪物物語」としてのゴジラ
ゴジラは科学によって生み出された怪獣ですが、科学で生み出される怪物の起源は、SF小説の元祖『フランケンシュタイン』にあります。
そして本多監督はゴジラとフランケンシュタインの映画を両方手がけた事のある監督です。
怪物が登場する物語は、それを生みだした近代人の物語でもあります。
「人は人とたらしめるものは何か?」
「人はなんのために生きているのか?」
科学時代に生きる人間が突き当たる問題を直に問う事が出来るのが、怪物物語なのです。
本多監督は、そこに真正面から取り組んだ人でした。
そのことを、改めて捉え直します。
五.SFとメロドラマの起源は同じ
本多監督の演出は時に「大メロドラマのよう」と言われ、東宝内部からも「SF特撮映画には向いていないのではないか」という声がありました。
しかしメロドラマの起源とSFの起源は同じであり、それは偶像に生命を吹き込むという点において、映画の起源でもあるのです。
そして本多監督自身は、実はメロドラマは苦手だという意識を持っていました。
本多監督にとって男女の愛とはどのようなものだったのか? 八千草薫演じる踊りの師匠に恋する怪人を描く、本多監督の代表作の一つ『ガス人間第一号』の詳細な検討を軸に、デビュー作から一貫して描かれてきた女性像を浮き彫りにします。
六.戦場での本多猪四郎、そして日本人にとっての「大東亜戦争」
本多監督は軍隊経験が8年半あります。インタビューでも、必ず軍隊体験を自分のもっとも重要な体験だと語る本多監督。それでいて、戦争中の事については多くを語りたがりませんでした。
没後発見されたメモや日記などから、一兵士としての戦場がどのように、本多監督のドキュメントタッチの演出に寄与しているかを見ていきます。
そこには2・26事件、日本軍と中国民衆、軍と慰安婦の関係、そして先の大戦における天皇のあり方など、いま国際社会の中の日本人にとって消えずに残っている事に対しての、当事者によるかけがえのない証言があります。
そして本多猪四郎個人の体験にとどまらず、明治に生まれ、戦争を経験し、戦後にSF特撮映画を作り、それを受け入れた人々にとっての「南方ユートピア」「幻の大東亜共栄圏」「勝ち組、負け組」といった、当時の日本国民総体の意識を、20世紀の未来となったいま、時代として再体験します。
七.出羽三山の宇宙観
生きたまま木乃伊になる即身仏信仰の山形県忠連寺を出身地とし、僧を父をする本多猪四郎は、しかし偶像崇拝を嫌い、科学によって宗教を乗り越える道を選びます。
でありながら、本多夫人は「生涯、宗教的な人間だった」と本多監督のことを語ります。
子どもの時以来、二度と故郷に帰ることのなかった本多猪四郎が、科学の果てに見出した宇宙観は、宗教の真理と重なり合うものでした。
本書は本多監督が描いてきたSF映画の、その先にある、未来の科学、未来の人間、そして未来のゴジラについて問題を共有します。
その時、僕らは、いまだ本多監督と同じ未来を生きていることを実感できるでしょう。
以上、私がこの本で担わなければならないと思った点です。
私自身、子どもの時から特撮映画、怪獣映画が好きでしたが、本多猪四郎という存在を軸に考えないと、日本のSF特撮映画やゴジラの事をどういう角度から分析しても、決定的な部分のピースが埋まらない。靴の上から足を掻いているようにしか感じられない……という思いを抱いていました。
だからこそ、時に「自分には荷が勝ちすぎるテーマだ」と挫けることがありながらも、結局、このテーマに帰ってきました。帰ってこざるを得ませんでした。
本書は、私の現時点で出来ることです。
もちろん、最終的な完成ではありません、
これを読んだ皆さんと一緒に、作っていきたいと思います。
「我々は未来に向かって出発する。まだ見ぬ、未来に向かってな」(本多猪四郎監督作品『怪獣大戦争』X星人のセリフより)
『本多猪四郎 無冠の巨匠』11月6日より洋泉社から発売!
いま明らかになる栄光なき天才監督、語られざる偉業!!取材・構想・執筆期間、実に二十年!これぞ手に汗握る、空想科学映画評論の決定版!小津、黒澤に匹敵する国際的映画人ゴジラ生みの親の仕事。
<目次>
第一章 ぬっと出た、怪獣
第二章 いま起きている恐怖
第三章 怪獣博士の実験室
第四章 東宝自衛隊
第五章 大日本帝国軍人・本多猪四郎
第六章 科学者至上主義
第七章 プロメテウスの火
第八章 人間ゴジラ
第九章 美女とガス人間
第十章 せまい地球にゃ未練はない
第十一章 ゴジラの背中
第十二章 新しい怪獣映画の話をしよう
付 本多猪四郎全作品解説
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著者略歴
切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。和光代学卒。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年―ウルトラマンの作家たち』(宝島社)を著わす。映画、コミック、音楽、文学、社会問題をクロスオーバーした批評集を刊行。映画作家研究として『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書/のちに増補して文庫化)でサントリー学芸賞受賞。
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