小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

ソフトバンク・Pepperの価格設定から見る「売り切り時代」の終わり

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年2月27日 Vol.024 <手探りの道筋号>より

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http://www.softbank.jp/robot/products/

 

「本気」の家庭用ロボット?

ソフトバンクがロボット「Pepper」の開発者向け販売を、2月27日より開始する。気になる価格だが、以下のような設定になっている。

・Pepperの価格設定。表はソフトバンクのウェブより

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これをみて、みなさんは高いと思うだろうか? それとも安いと思うだろうか?なにより特徴は、ハードを20万円弱で販売する一方、コミュニケーションやアプリ追加などのサービスレイヤーを「Pepper 基本プラン」として、修理や保証などを「Pepper 保険パック」として、別途月額課金するビジネスモデルとなっていることだ。トータルでは36ヶ月で、税込み117万0288円もの支払となる。

「見かけだけ安くして、月額料金で儲けるモデル」という声も聞こえる。

だが筆者は、月額料金の多寡は別として、本格的な家庭用ロボットをビジネス化するなら、このモデルしかあり得ないと思っている。だから「ソフトバンクは本気だな」と感じるのだ。

 

動き続けるロボットに欠かせない故障対策

理由は、ロボットの特性にある。

ロボットは「動く」。人に相対するコンピュータ、という意味ではスマートフォンやPCと同じだが、自分の目の前にやってきて、身振り手振りを交えてコミュニケーションを取るところが違う。すなわち、常に動き続ける機器なのだ。しかも、「手を動かす」「移動する」といった活動は、可動部に頻繁な「ストップ&ゴー」を強いる。単純にモーターが周り続けるような機器より、ずっと負担は大きい。そのため、ロボットにおいては「故障対策」「メンテナンス性」がとても大きなテーマになる。

すでにそうした実例はある。

ソニーがペットロボット「AIBO」を販売していた際、利用者を悩ませていたのが「脚部の故障」だった。おもちゃ的なペットロボットと違い、活発に歩行することがAIBOの魅力だが、動き続けるとパーツには摩耗が生まれる。結果、熱心に使うユーザーであればあるほど、故障の確率が高まる。実は、筆者の手元にも初代AIBOがあるが、脚部には故障が起きた。筆者の知る限り、年単位でAIBOを動かしていたユーザーは、かならず故障に見舞われたのではないか。

AIBOの設計上、脆弱であった部分もあるのだろうが、それよりも、他の家電やおもちゃとは比較にならない頻度で負担の大きな動作を続けたために故障した……と考えるのが自然だ。ソニーは2006年の事業終息後も2014年3月まで、社内に残る部品を使ってサポートを続けてきたが、現在は終了している。いまだにAIBOに愛着を持つユーザーは、修理してくれる独立系の会社と連携をとりながら、機能の維持に努めている。

考えてみればあたり前のことなのだ。我々人間も、歳をとれば体にガタがくる。だが人間を含む生物は、体をメンテナンスする機能を、自らが持っている。だから、適切な食事と休息を心がければ、ある程度まで「致命的な故障」を避けうる。しかし、ロボットは、経年劣化していくパーツのメンテナンスを自らが行うことはできない。人が面倒を見ないといけないのだ。

ホビーロボットの多くは、おもちゃのように「意外と動かない」ものか、組み立てキット的な特性を持ち、ユーザーが自分でメンテナンスするのがあたりまえの製品が多い。その点、AIBOだけが違った。本格的なペットロボットとして活発に動く上に、あくまで「買い切りの製品」として提供されていた。購入した人にも、技術には詳しくない「普通の人」が多かった。

ロボットが家電になり得る、という発想は20年以上前からあった。だが、家電とは「買い切りの製品」であり、長期的・定期的サポートが必要になる、との発想はなかった。AIBOについても、ソニー側ではかなりのサポート体制を整えていたものの、「買い切りである」という発想を超えることはできなかった。

といっても、そういう発想になるのも当然なのだ。「家庭用ロボットにおけるメンテナンスビジネスの重要性」を指摘した人はきわめてまれだった。そもそも家電とは「壊れないもの」であり、まれに発生する故障さえサポートできればいいのだから。家電のデジタル化が進み、PCやAV家電から可動部分が減っていった結果、消費者の側からも「使うと壊れていく」という印象が薄くなっていたかも知れない。

一方で、別のジャンルには、「壊れる」ことを前提とした機器もある。

それが自動車だ。

 

メンテナンスを前提にした自動車市場から学ぶこと

自動車は安全性が重要だ。一方、その機構上、故障と無縁ではいられない。日本の自動車補修市場(アフターマーケット)は、約10兆円の市場規模を持つ。自動車を売るだけでなく、それを使い続けるところに「産業」があるわけだ。

自動車のように高速で移動するわけではないから、ロボットはそこまでメンテナンスが必要なものにはならないだろう。だが、家庭内に人と同じサイズの機器があり、動き回り、身振り・手振りでコミュニケーションを取る、と考えると、故障などの想定外の事態によって事故が起きる可能性も否定できない。それを防ぐには、まず「故障対策」をしっかりした上で、なにかが起きた時に保険などでカバーできるよう考えておく必要がある。だからこそ、Pepperには「Pepper 保険パック」があるのだ。

また別の観点として、「ほとんど壊れないロボットを作る」ことが、コスト的に難しい、という事情もあるだろう。故障の確率を極限まで下げるためにコストを負担してロボットを高価なものにするより、納得できる範囲の故障率に抑えてトータルコストを下げる方がいい。

ソフトバンク自身、Pepperが「販売価格を上回るコストで作られた最先端の精密機器のため、修理に30万円~70万円程度かかることがあります」(同社ウェブより引用)としている。サポートのために長期的かつ密接な関係構築が必須であるならば、本体の購入価格でなく、サポートコストまで含めた形でビジネスモデルを構築する方がいい。

自動車メーカーは、自動車を販売した後もメンテナンスなどのサービスを通じ、顧客との関係構築を続けることに腐心している。自動車の中に通信モジュールを内蔵する動きが広がっているが、これも、自動車の状況をメーカーに送り、サポートやサービスの助けとすることが狙いである。遠からず、ありとあらゆる自動車に通信回線が標準装備され、顧客と長期的な関係を構築するのがあたりまえの時期がやってくるだろう。

そう考えると、ソフトバンクはPepperというロボットで、「スマホ的であり自動車的」な顧客との関係構築を狙っているのではないか、という結論に行き着く。サービス面はスマホ的だが、ハード面は自動車的。

売り切りでない商品の世界の最前線にいるのが家庭用ロボットだ……と考えると、新しいビジネスの可能性も、色々見えてきそうだ。

 

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年2月27日 Vol.024 <手探りの道筋号>目次

01 論壇(小寺)
補償金制度に変わる対価還元のカタチ
02 余談(西田)
ソフトバンク・Pepperの価格から見る「売り切り時代」の終わり
03 対談(小寺)
PRONEWSが淘汰されないわけ(1)
04 過去記事アーカイブズ(小寺)
補償金制度に見る日本・世界の動向
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)

12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

 

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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

 

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