ロバート・ハリス
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ロバート・ハリス メルマガ『運命のダイスを転がせ!』

世界のクリエイターに愛されるノートの物語

ロバート・ハリスメールマガジン『運命のダイスを転がせ!』Vol.009より

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著名な画家や文豪も愛用した
シンプルなノート

車にしろ、服にしろ、靴やバッグにしろ、ぼくはあまりブランドにはこだわらない人間なのですけど、ことノートブックに関してはもう何年もの間、モレスキンに愛着を持っています。
 
一概にモレスキンと言っても、今では電話帳からラージサイズの日記まで、いろいろと品揃えが豊富になりました。ぼくの好きなのは高さ21cm横13cm、オイルクロスで覆われた硬い表紙の黒のハードカバーで、ゴムバンド、しおり、拡張ポケット付きのクラシック・ノートブック・ハードカバー・ルールド(横罫)の、ポケットサイズのものです。

このノートブックの原型は19世紀からフランスの小さな製本業者によって生産され、町の文房具屋で売られていたもので、そのシンプルな作り、使い勝手の良さ、ミニマムなデザインは1920年代あたりからアヴァンギャルドなアーティストや作家、文化人たちの間で人気を博し、画家のヴィンセント・ヴァン・ゴッホからマティス、ピカソ、アンドレ・ブルトン、オスカー・ワイルド、ジョージ・オーウェルやヘミングウェイまで、クリエイターたちに愛用されてきました。

 

「モレスキン」の名付け親、チャトウィン

このノートブックを特に愛してやまなかったのはイギリスの紀行作家ブルース・チャトウィンで、彼は常に何十冊というモレスキンを旅に持って行き、スケッチやノートやアイディアや物語を書き留めていました。
 
そもそもこのノートブックをMOLESKINE(モグラの皮)と命名したのもチャトウィンで、それ以来、このノートブックはそう呼ばれるようになりました(とは言ってもモグラの皮の正しい英語の綴りはMOLESKINで、これにeが加わったことでモールスキンとかモレスキンとか、国によって異なった名前で呼ばれるようになり、それは今日に至っています。ぼくは英語ではモールスキン、日本語ではモレスキンと呼ぶようにしています)。

チャトウィンはこのノートブックをアフガニスタンやパタゴニアやベナンなど、様々な旅先へ持って行き、そこで見たことや聞いたことをノートに書き記していきました。
 
ここでブルース・チャトウィンのことを手短におさらいしておくと、彼は1940年にイギリスのエジンバラで生まれ、1989年に48歳の若さで没したイギリスの紀行作家、小説家、ジャーナリスト。

彼はオークション・ハウスのサザビーズで現代美術の専門家として8年間勤めた後、エジンバラ大学で考古学を学びますが、2年間でドロップアウト。次に新聞社の特派員として世界を飛び回り、インディラ・ガンディーやアンドレ・マルローといった要人をインタビューします。でも、ここも2年でドロップアウト。

彼は次に南米の果ての地、パタゴニアへ飛ぶと、ここに住み着いた人々の物語を聞いて回り、1977年に『パタゴニア』というノンフィクションを発表。この本は紀行文というジャンルを復活させた、と批評家から高い評価を受け、彼は時代の寵児になります。

続いて『ウィダの総督』(1980)と『黒木丘の上で』(1980)といった小説を発表した後、オーストラリアへ飛び、アボリジニの放浪の伝統、ウォークアバウトについて書いた本『ソングライン』(1987)を発表。


『ソングライン』ブルース・チャトウィン

この本はイギリスとアメリカでベストセラーになります。

しかし、それから2年後、バイセクシャルだった彼はエイズにかかり、あっという間にこの世を去ってしまいます。彼は生涯を通してなぜ人間は放浪をするのか、というテーマを追い続け、フィクションでもノンフィクションでも放蕩、越境、亡命といったモチーフを取り上げていきました。

そんな放浪の作家が心から愛したモレスキンのノートブック。
 
彼は、「このノートを無くすのは、私にとってパスポートを無くすくらい災難だ」という言葉を残しているぐらいです。
 
しかし、1986年には最後の製造者だったフランス、トゥールの小さな家族経営の会社が廃業してしまい、モレスキンは市場から姿を消してしまいます。

チャトウィンは『ソングライン』を書きにオーストラリアに発つ前にモレスキンを100冊注文していたんですけど、ランシェンヌ・コメディ通りにある彼の御用達の文具店の主人は彼に最後の数十冊を渡すと「もはや本物のモレスキンはこの世に残っていません」と告げます。

このことがよっぽど悲しかったのか、チャトウィンは『ソングライン』の中でこれらのエピソードを書き記し、モレスキンに対する愛着を世に知らしめます。
 

1997年、イタリア人デザイナーによって
モレスキンは「復元」された

そんな彼の死から6年後の1995年、マリア・セブレゴンディというイタリアのデザイナーが『ソングライン』を読んでこの話に感銘を受け、自分が共同設立したModo & Modoというミラノのデザインと出版の会社にモレスキンを復活させる話を持ちかけます。そして1997年、5000冊のモレスキンのポケットノートブックが復元されます。
 
ヘミングウェイやチャトウィンの名前が宣伝に使われたことも功を奏し、翌年には2万冊製造され、ヨーロッパ中で売られるようになります。そして2004年には日本での販売が始まり、アジアのマーケットにも進出。

現在では世界95の国と地域で販売され、ノートブックから日記、ジャーナル、カバン、筆記用具など、チャトウィンが生涯追求した放浪やノマド・ライフになくてはならないグッズを世に送り出しています。
 
これは余談ですが、チャトウィンの旅日記やスケッチが書き記された85冊のモレスキンは彼の没後、オックスフォードのボデレアン図書館に寄付され、この中身がベースとなった『Photographs & Notebooks』『Winding Paths』という本が後に出版されています。

ぼくもモレスキンが日本で売り出された2004年ごろからこのノートブックをずっと愛用してきて、日々の日記やノートはもちろん、ストーリーのアイディアやラジオの原稿、そして旅先のノートや物語などもこれに書き綴ってきました。

これまでギリシャの島々からバリ島、モロッコ、カンヌ、パリ、イタリアはシチリアからミラノまで、このモレスキンを旅の友にしてきました。

そんなノートブックのひとつにぼくは、大好きなチリの作家、ルイス・セペルヴェダのこんな言葉を書き留めています。
 
 
「ワインの樽の上に座って、目の前には海があって、ここは世界のどこか。ぼくはこの旅のためにブルース・チャトウィンがプレゼントしてくれた本物のモレスキン、そう、この芸術的なノートブックに旅の思いを静かに書き綴っている」
 
 
 

ロバート・ハリスメールマガジン『運命のダイスを転がせ!』

2016年7月12日Vol.009<20年後の自分:モレスキン:レブリカントと餃子: 『セクシャル・アウトロー』:8章「祈り>

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既存のルールに縛られず、職業や社会的地位にとらわれることなく、自由に考え、発想し、行動する人間として生き続けてきたロバート・ハリス。多くのデュアルライフ実践家やノマドワーカーから絶大なる支持を集めています。「人生、楽しんだ者勝ち」を信条にして生きる彼が、愛について、友情について、家族について、旅や映画や本や音楽やスポーツやギャンブルやセックスや食事やファッションやサブカルチャー、運命や宿命や信仰や哲学や生きる上でのスタンスなどについて綴ります。1964年の横浜を舞台にした描きおろし小説も連載スタート!
 
vol.009 目次

01 近況:20年後の自分
02 カフェ・エグザイルス:モレスキン
03 物語のある景色:レブリカントと餃子
04 連載小説『セクシャル・アウトロー』:8章「祈り」

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ロバート・ハリス
横浜生まれ。高校時代から国内をヒッチハイクでまわり、卒業後は北欧からインドまで半年間の旅をする。上智大学卒業後、東南アジアを放浪。バリ島に一年滞在後、オーストラリアにわたり延べ16年滞在。シドニーで書店&画廊『Exiles』を経営。ポエトリー・リーディング、演劇、コンサート等を主催、文化人のサロンとなり話題に。映画やテレビの製作スタッフとしても活躍後、日本に帰国。1992年よりJ-WAVEのナビゲーターに。1997年に刊行された初の著書『エグザイルス(放浪者たち)ーすべての旅は自分へとつながっている』(講談社)は、若者のバイブルと謳われ長く読み継がれている。『ワイルドサイドを歩け』『人生の100のリスト』(いずれも講談社)、『エグザイルス・ギャング』(幻冬舎アウトロー庫)、『英語なんてこれだけ聴けてこれだけ言えれば世界はどこでも旅できる』(東京書籍)、『アフォリズム』(NORTH VILLAGE)、『アウトサイダーの幸福論』(集英社)など著書多数。

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