日本人の英語学習の間違い
私は、2011年4月から2013年3月まで、夜間飛行から「樹下の微睡み」というメールマガジンを発信していました。この本『教養の体幹を鍛える英語トレーニング』は、そこに連載した「英語塾」の中から、とくに世界のさまざまな時代と場所で発言されたり、書き記されたりした「名文」を集めたものです。
本書を読んでいただくにあたって、英語というものについての、私の考え方を少しお話ししましょう。
私は、この「英語塾」で、古今東西の名文を、できるだけ多く読者と一緒に読んでみたいと思いました。日ごろから英語に興味を持ち、それを身に付け、やがては自由に使いこなしたいと願う人にとってもっとも大切なことは、少しでも多くの英語と、それによって形づくられる世界観に接することだと考えているからです。
日本の英語教育の最大の欠陥は、大量の英文を読み、書き、話すという基礎訓練をしていないところにあります。世界中に散らばる名文に触れ、その意味を考えていくことは、こうした欠落を埋めるのに役立ちます。それは、やがて私たち自身が、 英語によって世界の空気を呼吸し、逆に世界に向かって自分たちを表現していくベースにもなると思います。
英語を学ぶにあたって一番大切なことは、文法的に正しい、正しくないという判断ではありません。何よりも大切なのは、「英語感覚」とでもいうべきフィーリングをつかむことです。だからこそ、私は、「英語のクオリア」という視点を、 ずっと大切にしてきました。
たとえば英語で話す場合、「正しい」「正しくない」という視点から言葉を組み立てようとすると、どうしてもスピードが遅くなります。文法は一つの「ロジック」であり、その「ロジック」に従って言葉を並べようとすると、それだけ時間がかかってしまうのです。
ネイティヴとの日常会話のように、即座に、リアルタイムで話をしなければならない時には、「正しい」文法で文章を組み立てようとすると、とても間に合いません。スピードの速さは、結局は「感覚」「フィーリング」。「こんな感じだろう」 ということで言葉を発していかなければ、生きた言葉にはならないのです。 これは日本語も、そうですよね? 私たちはふだん、文法に気を遣って日本語を話しているわけではない。改めて文法について説明しようと思ってもわからないことも多い。英語のネイティヴも同じです。
英語の感覚を鍛えるには、たくさんの英文に接し、たくさんの英語を聞くしかありません。良い絵がわかるためには、多くの絵を見なければならないのと同じように、大量の良い英文に接しなければ英語の感覚は磨かれない。文法的にどうだからといちいち分解していては、肝心の感覚が立ち上がらないのです。
もちろん、初学者にとっては、文法の知識が手助けになることもあります。つまり、文法とは、建物をつくるときの足場のようなものなのです。ところが、日本人の場合、いつまでも足場だけをかためていて、肝心の建物ができない、ということになりがちです。大切なのは、あくまで建物が立つことです。
この本では、とりあげる英文に、できる限り、日本語訳を付けました。ただし、これは、私がその場で、いわば即興で書いたものです。
大切なのは、英語を日本語に置きかえることではありません。英語で何が書かれているかを理解することです。
プロの翻訳家の方が仕事でするのではないかぎり、翻訳というものは、日本語ができ、他方では英語ができる人ならば、誰でも即興でできます。日本の英語教育では、和文英訳、英文和訳が重視されていますが、私自身、ふだんから、英文を読むのにいちいち日本語に直したり、英語の文章を書くのに、まずは日本語を考えるということは一切ありません。
英語は英語として理解すればいい。これが、私が英語についてずっと信じていることです。
「英語を学ぶこと」をホームにする
そしてもうひとつ、書籍化するにあたりひとつの思いを込めました。私は小学校の頃からずっとランニングを続けています。どちらかというとスポーツは苦手でしたが走ることだけは得意でした。ランニングはもちろん、運動が心身に与える良い影響については、もう皆さんご存知だと思うので省きますが、皆さんは、いつどんなふうに運動をしていますか? 私は、ちょっとコンビニにいく時とか、帰宅途中に一駅分だけ革靴のままでも走りたくなったら走っています。一定の時間を確保しないと走らないのではなくフレキシブルに走るということです。そうすると、三日坊主にはならないのです。
人間には帰巣本能というのがあってどうしてもホームに帰ろうとしてしまいます。「走っている状態」 をイレギュラーな行動にして、「走っていない状態」をホームとすると、どうしても走らなくなるのです。走っていない状態をホームにしないためにはどうするか。ひとつの答えが、フレキシブルに走り続けることなのです。
英語を学ぶことも同じようにとらえてみてはいかがでしょうか。大量の英文に触れることをホームにしてしまうのです。資格テストに出るような陳腐な英文ではなく、英語を学びたいという衝動が生まれるような良質な英文を読んで深い感動体験をするのです。そうすることによってフレキシブルに英語を学び続けることができるはずです。
それではさっそく、豊かで生き生きとした英語の世界に触れていきましょう!
教養の体幹を鍛える英語トレーニング
茂木健一郎 著
2015年7月7日刊行
四六判並製272ページ
定価本体1,600円+税
彼はなぜ、TOEICスコアが自分より低いのに、英語で仕事がデキるのか?
本当に使えるビジネスツールを手に入れるための実践プログラム!
あてはまるものが1つでもあったら、あなたの英語学習は間違っている!
□ 英語で電話がかかってくるとパニックになる。
□ 英文メールを書くのに丸一日かかる。
□ 道で外国人に会うと無意識のうちに遠ざかってしまう。
□ TOEICの点数が上がっても、苦手意識がぬぐえない。
茂木健一郎:
脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、
東京工業大学大学院連携教授、東京藝術大学非常勤講師。
1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、
同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。
理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。
目次
はじめに 「英語フィーリング」を鍛えよう
ジュリアン・アサンジの「大使館からのクリスマス・スピーチ」
ジョセフ・スティーグリッツ『不平等の代償』が語る幸福の条件
ジョン・ロールズ『正義論』の序文に見る公正な態度
ワトソンとクリック「二重らせん」論文の世紀の控えめ表現
イギリスBBCの傑作コメディ『イエス・ミニスター』①大臣の初登庁
カント『実践理性批判』の締めくくりの名言
コンピュータの父、天才数学者アラン・チューリングの「歴史的論文」
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』のおかしなティー・パーティー
ジョン・ダウランドの名曲中の名曲「カム・アゲイン」の魅力
オスカー・ワイルド『ウィンダミーア夫人の扇』の歴史的名せりふ
ニーチェ『道徳の系譜』「ルサンチマン」の概念
ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』①イギリスの高校生が交わす知的な会話
ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』①ひたすら歩く人
EUの基本をつくった青山栄次郎『パン・ヨーロッパ』①今の東アジアに通じる視線
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……他
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