釈永信方丈の横顔
釈方丈は1965年、安徽省の仏教徒の家庭に生まれたとされる。16歳の時に両親によって嵩山少林寺に送り込まれて出家。その後、各地の学校で学び、22歳の時に少林寺に戻り、全国でも最年少の寺院管理担当者となった。そして1999年、正式に少林寺の第30代方丈となった。
釈方丈は少林寺で思い切った「商業化」や「現代化」を進めたことで、「僧侶CEO」という異名を持つ。カンフー巡回演技チームを作って世界中で巡回公演したり、テレビや映画、アニメや舞台劇の協賛をしたり、さらに中華薬製品にも投資している。北米、ヨーロッパなどの40ヶ所に僧侶を派遣して、カンフー修行センターを運営する。だが、少林寺の収入のほとんどは年間約200万人といわれる観光客の入場料収入のうち、地方政府に70%を渡した残りの30%だと、方丈は主張する。
だが、出入りにBMWのSUV車両に乗り、堂々とiPadを使い、最新型のiPhoneで電話をかける姿は多くの人たちが目にしている。方丈によると、「車は地方政府からの多額の入場料収入に対するお礼、iPadは信者からの贈り物」だという。イギリス『フィナンシャル・タイムズ』の記者も、そんな方丈が自身の1日あたりの生活費はわずか7元(約140円)だと語る様子を不思議そうに記事にしている。
だが、実際には、地方政府と方丈(及び少林寺)の関係はそれほど和やかなものではないとする報道もある。
2013年の告発の際、少林寺は警察に出動を依頼。そして、寺院内のある人物が長い間事情聴取に留め置かれたが、結局起訴には至らなかった。少林寺側は人脈を使って上級政府から圧力をかけたが、「書き込みは省外のインターネットカフェからなされていた。告発では方丈が海外の銀行に隠し口座を持っているというが、我々は調べようがない」ために、今事件は結局掘って置かれることになった。
また、少林寺周辺の観光地の管理を巡って少林寺側と地元の間には微妙な関係に陥っている。少林寺は2000年に300万元を出して、周辺地区の立退きを進めようとした。だが、その慌ただしい拡張計画に周囲の住民の激しい反発をまねき、方丈の部屋は一次抗議の人々に囲まれた。結局1年後になって、鄭州市政府の介入のもと、新たな立ち退き計画を進めることができたという。
だが、2013年には少林寺が、河南省登封市嵩山風景名勝区管理委員会を契約違反だとして鄭州市の中級法院に訴え、5000万元(約10億円)近い観光客入場料と遅延料200万元あまり(約4000万円)を支払うよう求めた。この際、同寺院の僧侶が「カネを払え」と書いた垂れ幕を同風景名勝区の中に掲げたりする「事件」もあったという。
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