ヒロインと<キモ可愛い犬>の二役!
この映画のために作られた造型物で最も印象的なのは、犬のデザインだった。
「それ以外のものはけっこう好きにやってもらったんですけど、犬だけはもう、確実にイメージがあったんで。」
私はかつて本作の評で、この犬の事を「不気味な生き物」と書いた。「皮を剥がされた犬にも見えるが、もともと毛がない奇形かもしれない」と。
山内監督は「皮膚病の犬」というつもりだったという。パペットで表現されている。
立って歩けないぐらいには弱っているようで、舌をベロンと出しながらヒンヒン言っている。ユリ子はこの犬をまるで自分と吉井との間の子どものように可愛がり始める。瞳の開閉や目、耳の動きはスタッフが4人がかりで操っているが、抱きかかえるシーンでは、朝倉さんが口の開閉や首の動きを自分の手に嵌めて操作した。いわば一人二役だ。
「私が初めて眼帯取るシーンでも、ワンちゃん抱いてましたね。自分で犬を動かしながら眼帯外して(笑)。私、自分でもワンちゃん飼ってるので。最初、台本読んだだけでも『このシーン可哀相だからちょっと、やだなー』と思ったんですよ。で実際現場行って(撮影用の犬を見たら)『えーっ!』って感じで。『見れない』って思ったんですよ。かわいそ過ぎて。でも、自分で操作しないといけないから(笑)」
山内監督は、犬の造型について「見てる内に可愛げが出てきたいなとは思ってたんですよね。最初にちょっとギョッとさせつつ……そこでけっこうデザインの手直しは色々やったんです。『可愛く』ってだけ言うと、可愛い方にホント寄ってっちゃうんで、『いやキモ可愛いんですよ』みたいな。気持ち悪いんだけど、見ていく内に、動きとか、そのキャラクター……あれも一つの登場人物なので……徐々に見てる人が共感するように持っていきたいっていうのがあったんです」
傷の理由〜<気持ち>は映画に映らない
仮面を付けた<絶対悪>から一度轢殺された犬が、最後蘇るかのようなシーンがある。ラスト、警察に捕まった吉井が出獄してくると、ユリ子が待っていた。麻里が信仰していた神に祈り続けていたら蘇ったのだと、あの犬が入っていたのと似た段ボールの箱を指し示す。毛布の下からぬっと出てきたものが、明確に映るか映らないかというところで映画は終わる。ルリ子は犬に、「ヨシコ」と、生れてくるはずだった吉井の子の名前を付けていた。満面の笑みを浮かべているユリ子。
「あの時『私、イッちゃってる』と思いながら演ってました」と朝倉さん。
山内監督は「映画のテーマが、ユリ子って主人公の<魂のさすらい>なんです。最初は居場所がないというか、DV夫のもとに居て、それから工場街で居場所を見つけたと思ったら、そこも決して安住の地じゃなかった。で結局この世に安住の地がなくなって、向こうの世界と言うか、宗教的なあっちの世界に脳内で行っちゃってるんですよね。そこでやっと初めて、映画の中で満面の笑みを見せるっていう」
これは「一応会社的には、お正月映画なんで、ハッピーエンドにって話で」考えたラストだという。
しかし、これがハッピーエンドとは!
「ハッピーにも色々あるだろうっていう事で。こんなクソみたいな世の中だったら、気が狂っちゃった方がハッピーなんじゃないか……ってところもあるんですよね」
しかしもっと根本的な事も、山内監督は考えていた。
「実はいくつか裏設定があって、ことみんが橋の上から飛び降りた時に、もうあそこで実際は死んでいる。それ以降は全部黄泉の世界の妄想。それからもう一個、川瀬さん演じる吉井のところに刑事が来て、追われて、画面の外でパーンパーンって音がして、その後出所してくるところになるんですけど、あのパーンパーンで吉井も死んでるって裏設定もあるんです。そうなると、出所してきた後からもう、完全にある種パラレルな幻想の世界だから、いままでの登場人物が、図ったようにみんな出てくる」
すべては、死んだ後の世界……。
「そう捉えてもらってもいい。だから犬も、そういう妄想の世界だったら生き返るだろうっていう」
しかし、そうはいっても、最後に出てくる、かつて吉井の被害に遭った人間たちは、舌が途中で切れていたりと、後遺症が残っている。後半、再登場するルリ子の親友・麻里は、アキレス腱を切られたため歩行用補助具を付けており、それが機械で作動する音はまるでロボットだ。
山内監督の映画では、被害に遭って死んだと思いきや、後遺症が残って生き続けている事が観客に告げられるという、より無残な印象を突き付けるものが目立つ。
「感情って、基本的に写らないと思っているので、いかに絵として定着させるかっていうか、表現するか。それが映画だと思うんですよね。『心が傷ついてます』ってのをいくらお芝居でやったところで、絵の力には叶わないんで。だったら小説とかの方が、表現としては数段上を行く。映画である以上は、全員が、傷ついてるんならホントに肉体的にも傷つくし……っていう表現にしていきたい」
そういう感覚は朝倉さんも好きだという。「逆にそういうのをやってくれた方が気持ちいい……って言うか」
山内監督は「演技付ける上でも、たとえばギブスつけるとか、眼帯つけるとかっていう事にしてあげた方が、入りやすいと思うんですよね。感情論で演出説明するより『傷だらけだよ。だから気持ちも傷だらけだよ』っていうような方が、スッと入っていける」
演技で「苦しい!」とか「傷ついてる!」と表に出すより、ハッキリ傷が表面に出ていた方が、逆に芝居のトーンは抑える事が出来る。
声を抑えて<武装解除>
朝倉さんは「私、わりとテンションが高い方なので、真逆の役だったから、声のトーンが、やっぱ大変でした」と言う。
この映画で監督から一番言われた事は、声のトーンだったのだ。
「ちょっと油断するとすぐ……私、喋ってると尻上がりになるらしいんですね。自分ではわからないんですけど」
語尾を下げる事を注意したのは、山内監督の「丸めたいんだよね。内にこもりたいっていうか」との意図からだ。
「自己主張が出来ない世界で生きてきたキャラクターだから、なんか言う時に、自分の言葉や気持ちを全部呑み込むように……それを表現してほしいってのはあった。(語尾が)上がっちゃうと、なんでも主張できるっていうか、自分の意志を持ってる感じに見えちゃう。『あ、意志がない』っていう、内に籠って籠る感じを、語尾で表現してほしいっていう事だったんです」
朝倉さんにとっては、それが非常に難しかった。
「(カメラが)回ってない時にあんまりはしゃぎすぎると声のトーンが上がっちゃう、高いまま喉が記憶しちゃうと思って(笑)。いつもけっこうワーッて喋るんですけど、この時は、あんま上げ過ぎないように。回ってない時も」
「おおげさな感じがあまり好きじゃないですね。芝居に関して」と言う山内監督。
「まあ、脇役では、ちょっとアクセントで、大きい芝居する人が居てもいいんですけど、どうしても、ピンクやVシネ特有のおっきい芝居の付け方みたいなのが、他の監督の方では多いんです。べつにそれが悪いとは言ってないんですけど、自分はその生理があんまりないんで、わりかし、しっとり行きたいっていうか、抑えたトーンで行きたいと思って。だから、ことみんには『抑えて』『抑えて』って」
それは朝倉さんの表現の幅を作る事につながった。
「たぶんコメディとかの明るくキャピキャピした感じもうまいと思うんですよ。だけどそれをあえて抑える事で、彼女の別の魅力が浮き立つんじゃないかなと。実際出てると思うし。みんな、ファンの人は驚いたんでしょ?『犯る男』を見た時は」
そう言われて、朝倉さんは答える。「『いままで見たことのないことみんが見れました』ってファンの方は言ってました。『こういう顔もするんだ。それがすごいよかった』って言ってもらえて」
やっぱり笑顔のないところと、トーンの低いところはファンの人達にとっても新鮮だったようだ。
「あと、化粧をしてないところも(笑)」と山内監督がツッコミを入れる。
「眉毛だけ、ないから描かせてもらったんですけど。他は、ラストシーン以外はすっぴんだったんで。すっぴんだと素っぽくなるんですよ。素っぽいって言うか……」
山内監督は、スッピンになると、女性は<か弱く>見えるのだと語る。
「無垢というか、傷つきやすい感じに。そもそも化粧っていうのは、女の人の防御本能っていうか、鎧じゃない? ひとつの。それを剥ぎ取られてるってところで、少し自信のない感じになる。よく女の子で『お化粧しなきゃ外出れない!』って子いるじゃない? 臆しちゃう。気持ちが。そこは数々の女優さんに言われてきたから。『化粧させてください!』って。だから『みんなそこで鎧を付けるんだな。武装するんだな』と思って」
それを聞いて「ことみんは眉毛で武装しました」と朝倉さんは笑った。監督としては、眉毛もなくていいと言ったのだという。「和田光沙なんか、俺のVシネで『眉毛剃れ』って言ったら全部剃ったからね」と、スタッフとしても仲間である常連女優の名前を出す。
朝倉さんは「やばいんじゃないかって思ったんですよ。おっきいスクリーンに眉毛ない人が(笑)。『これ、大丈夫なのかな』って思いましたもん。でもやっぱり、化粧してないとか、眼帯してるとか、そういう設定がよかったんですかね。あと(スタッフの)皆さんがそういう風に雰囲気を持っていってくれるから『これはちょっと集中してやらないと』っていう気持ちになりました」と言う。
「でもことみんはすごく呑みこみが早いんで、演出のしがいがある。説明すると理解してくれる。理解してくれても、表現できない子っていっぱいいるんですけど、理解してそれを身体で表現できる勘がある。だから『もっと』『もっと』って感じで、けっこう口数が多くなっちゃうんですよね、彼女に対して。色んな情報をバーっと詰め込んでね、細かくね。でも、もう慣れたよね? それもね」
そう朝倉さんに語りかける山内監督だが、「楽しかったです、それが」と言う朝倉さん。「嬉しいっていうか。2本目はずっと楽しくて『帰りたくない!』みたいな(笑)。みんな、すごい方たちが集まって、一つのものを作ってるから」
既に山内大輔監督―朝倉ことみのコンビは、ピンク映画の第2作(『情炎の島 濡れた熱帯夜』)も撮っている。こちらもまた、山内監督得意の現実と夢の錯綜を用いてはいるが、残虐シーンや血の描写はなくなり、「ことみん」ならではの明るい笑顔満載の映画となっている。
山内監督は、2作目にして「現場から帰りたくない!」というほどやりがいを感じている朝倉さんに「それはたぶんね、自分が出来てる手ごたえがあるから楽しいんだよね」と言う。「『あー出来なかった』『また出来なかった』ってなると、楽しくなくなっちゃうんで。やっぱそれを出来てる事が、ことみんの才能なんだよ。それが出来る女優だって事だよ。だから自信を持っていい」
朝倉さんは「がんばります!」と明るく答える。
「映画はやりたいなとは思っていたんですけど、実際にこういうチャンス……経験もないのにいきなり主演を頂いたので、それに見合うようになっていけたらと思います。皆さん、すごく素敵な感じで土台を作ってってくれてるから、自分がもっともっと頑張って、お芝居出来るようになって、映画も一杯やりたいなって。AV引退してもやりたいなって(笑)」
時に絶望にかられるような現実と、信じてみたくなる幻想の狭間に、生命力をたたえて存在しているヒロイン。
山内大輔―朝倉ことみコンビの誕生。これを読んでいる貴方も、ぜひスクリーンに立ち合って頂きたい。
※本記事はメルマガの記事から再構成したものです。男性側主演の川瀬陽太さん、サブヒロインの涼川絢音さんについてや、「山内大輔・朝倉ことみ」コンビ第二作『情炎の島 濡れた熱帯夜』をめぐるエピソードも語られる完全版は、既に配信されている『映画の友よ』第36号でお読みくだされば幸いです。
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「新しい日本映画を全部見ます」。一週間以上の期間、昼から夜まで公開が予定されている実写の劇映画はすべて見て、批評します。アニメやドキュメンタリー、レイトショーで上映される作品なども「これは」と思ったら見に行きます。キネマ旬報ベストテン、映画秘宝ベストテン、日本映画プロフェッショナル大賞の現役審査員であり、過去には映画芸術ベストテン、毎日コンクールドキュメンタリー部門、大藤信郎賞(アニメ映画)、サンダンス映画祭アジア部門日本選考、東京財団アニメ批評コンテスト等で審査員を務めてきた筆者が、日々追いかける映画について本音で配信。基準のよくわからない星取り表などではなく、その映画が何を求める人に必要とされているかを明快に示します。「この映画に関わった人と会いたい」「この人と映画の話をしたい!」と思ったら、無鉄砲に出かけていきます。普段から特撮やピンク映画の連載を持ち、趣味としても大好きなので、古今東西の特撮映画の醍醐味をひもとく連載『特撮黙示録1954-2014』や、クールな美女子に会いに行っちゃう『セクシー・ダイナマイト』等の記事も強引に展開させていきます。
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