ふるまいよしこ
@furumai_yoshiko

ふるまいよしこメルマガ『§ 中 国 万 華 鏡 § 之 ぶんぶくちゃいな』より

『一人っ子政策廃止』は朗報か?

「2人目解禁」への現実

だが、実際には中国の社会において、若い世代が「一人っ子ばかり」であることはすっかり根付いてしまっている。社会通念として30年以上も徹底されてきた結果、今や経済社会もマーケティング戦略に「一人っ子」的なものを取り込んでいる。

たとえば、シェアが苦手という特性は逆に「1人に1個(あるいは2個、3個)」というマーケティングを可能にした。さらに都会の親たちには「みんなが持っているから、あなたのお子さんにもぜひ一つ」という売り込みができる。

親たちは唯一の子供のために出来る限りのすべてのものを与えてやりたいと思うようになり、マーケッターはそれにつけ込んだ消費習慣を作り上げた。

その結果、「多少高くても親は買う」と、子供関連商品は大人の必需品以上に高値がつくようになった。

『ニューヨーク・タイムズ』が伝えた記事(http://nyti.ms/1QbG6hd)によると、同紙が取材した、北京に暮らす夫婦共働き家庭は月収合計が2万5000元(約50万円)という平均的な中産階級で、もともと2人目をほしいと考えていた。だが、子供の幼稚園が月1400元(約2万7000円)、他に複数の習い事がそれぞれ1時間あたり100元(約2000円)ほどかかり、すでに子供一人を育てるだけでいっぱいいっぱいだと感じ始めたという。

妻が38歳、夫は41歳というこの家庭では、2人目を生んだら妻が仕事を辞めて子育てをせざるをえないだろうし、子供が大きくなるに連れ、経費もかさばるだろうと考える。そうなると夫一人の収入では暮らしを支えきれないと、すでに2人目を諦めたそうだ。

彼らのような中産階級はここ数年、度重なる食中毒や公害の報道に彼らは非常にセンシティブになっており、食べ物も日用品も手に入る範囲内なら外国製品のほうが安全だと思うようになっている。日本での「爆買い」が引きもきらないのはこのせいだ。せっかくのチャンスに、日本製品を買って帰らない理由はありえないのである。

だがそうすればするほど、コストは高くつく。中国では安く暮らすことはできないわけではないが、それは自身や家族の健康や将来との引き換えである。そこまで切り詰める必要も理由もない中産階級にとって、まだ生まれてこない子供よりも今一緒に暮らす家族の将来を優先するのも自然な選択となっているのだ。

実際に、2013年には今回に先駆けて、夫婦のうちどちらか一人が一人っ子の場合、2人目の出産が許可されている。その際の目論見では、年間最大200万人増えるだろうとされたが、フタをあけてみると2014年1年間で生まれた2人目はわずか47万人。どれだけの親たちが2人目出産に慎重であるかがよく分かる。

今回の「2人目全面解禁」でも、政府の政策担当者は「今後は年間出生数は最高2000万人を超える増大が予想される」と述べ、「2050年には、15歳から59歳の労働年齢は今より3000万人ほど増えるはずだ」としている。

だが、「夫婦どちらか1人が一人っ子」の際の例をもとに、「予定通りにはならないだろう」という見方も根強くある。米国キャロライナ大学の中国人研究者は「今後数年間は最大300万人程度の増大にとどまる」と見る。

ネックとなるのは「産む」側だ。中国政府の担当者は前傾のように2050年の労働人口が3000万人増えると見込むが、今から10年後の2025年には最も出産能力の高い22歳から29歳の女性の数が現在の42.35%になるという。つまり、現在の半分以下の人数になるというのである。

もし、前傾のキャロライナ大学の研究者の言うとおり、ここ数年は最大300万人程度の増大にとどまれば、母体が半分以下となる10年後にそれを大きく上回ることはありえないだろう。となると、それまでに3人目の出産も認可されるのだろうか?

 

報道の「禁区」

中国メディアの報道は基本的に冷静だった。政府の楽観的な見積もりに対する悲観的な予測もきちんと報道していた。だが、それでも決して触れられていない領域があった。

それは人びとの「ホンネ」だ。

その証拠にこの記事を書くためにSNSで検索してみたのだが、この「2人目全面解禁」に対する不満は一切現れなかった。

だが、実際にニュース報道直後にわたしが目にした中には、「1人産もうが2人産もうが自由だろう? 子宮まで国に管理されるのか?」とか、「2人目の全面解禁は人口ボーナス再現を目論んだもの。ということは、2人目を産むことが強制されるようになり、生まないと罰を受けることになったりとか?」といった内容の書き込みが続いていたのだ。

つまり、それらの不平不満は数日後にはすっかり削除されてしまっていた。

そんな産む「権利」からの視点は報道における「タブー」となっているのは明らかだった。

先の『財新網』は、中国統計年鑑によると、2011年における中国の出産意志は大きく下がっており、特に都市部の中産階級に顕著だと伝えている。

前述の『ニューヨーク・タイムズ』のケースに見る通り、都市部の中産階級は「選択する権利」を行使できる人たちでもある。そんな人たちにとって「出産」は明らかに個人が決めることのできるはずの「権利」であり、国に左右されるべきことではないはずだ、という思いが強い。

「解禁」第一報に対してSNSで意見を述べていた友人たちもほぼ全員が中流階級だった。彼らは住む場所を選び、仕事を選び、家を選び、今日着る物を選び、時には何時に出勤するかを選ぶことのできる人たちだ。その彼らにとって、自分の、あるいは自分の妻の子宮のことまで左右されたくないのは当然だろう。

一人っ子政策が始まった1970年代はまだ、中国人は「個人の権利」に目覚めていなかった。いや、中国語には「権利」という言葉すらなかったのだ。「権利」が主張されるようになったのは、ここ10数年のこと、明らかに「一人っ子世代」が社会で発言権を持ちだしたのと重なる。

考えてみれば、皮肉である。国が個人の「産む権利」を管理した結果生まれた世代が、今中国で最も「権利」に敏感な世代になっている。そして国が「狙う」子宮も、そんな「一人っ子世代」の子宮なのである。

だが、政府はまだ彼らが権利を主張するのを許していない――SNSにおける不満の削除はそのためだ。一人っ子世代はもう、発言の削除には慣れっこになっている。だが、彼らが口にしなくなった不満や不信は書き込みを消したからといって消えるわけではない。

国に与えられた「権利」を、彼らがどう行使するのか。今後数年間の出生率を眺めれば、消されてしまった彼らの言葉に出来ない思いは結果となって現れてくるはずである。

 

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ふるまいよしこ
フリーランスライター●北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学び、雑誌編集者を経て独立●現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説●東京新聞の土曜日朝刊「本音のコラム」担当●「Newsweek Japan ウェブ」にコラム「中国 風見鶏便り」を連載●著書『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)●共著『艾未未読本』(集広舎)、『中国超入門』(阪急コミュニケーションズ)

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