やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

先行投資か無謀な挑戦か ネット動画事業に関する是非と簡単な考察



 そんなわけで、このところ洋の東西で動画サイトと言われるものの事業を並べて業績の推移やユーザーの動きを見ておるんですけれども、敢えて具体的にどことか、数字がどうだということを言わずに外観だけ一言で言えば「死屍累々」であります。

 キャピタルからお金を募って、三大ネットワークを凌ぐ制作費で大規模なドラマシリーズを仕掛けるという仕組みで度肝を抜こうとしたサービスも、いろんな紆余曲折を経て、蓋を開けてみたら途中でコンテンツのネタ切れを起こしてしまいます。もちろん、結果論でしかないわけですけど「それでコンテンツが量産できるのであれば、ハリウッドがやっている」。

 コンテンツあたりの回収率もいつしか130%程度に収斂してしまい、3年平均でみるとごく普通のリザルトになってしまったのは印象的です。もちろん、大きく損をしたわけでもないですし、投資家に迷惑が掛かったというわけでもないのですが、当初見た夢の大きさやバックグラウンドで動いている「確率思考」的なアプローチも結局は「模倣可能なレベルだったため、ほかのコンテンツ企画にあっという間に追いつかれた」という話であって、最終的にコンテンツ業界再編のときの目玉になるぐらいの具でしかなくなりそうな塩梅です。

 国内に目を向けると、小中学生に圧倒的に人気だったはずの国産動画サービスが急速に伸び悩み、新しいブランド構築や次のヒットするコンセプトの立案に四苦八苦する一方、なんだかんだいって従来からのブラウン管の中に特化して頑張ってきたテレビ局のネット放送が続伸。見逃し視聴や二次利用も順調に伸びて、あんまり専業ネット企業の動画サービスの顔色を見る必要もなくなってきました。某大手ポータルの運営する動画サービスも、世界的な検索エンジン会社が資本を持つ大型動画配信サイトも、スマホ専門のライブ動画サイトも、各々当初描いた戦略ほどにはユーザーの確保は進んでいないというのが実情です。何しろ、ほかに山ほど類似の動画サービスが出て、それぞれがコンテンツを引っ提げてユーザー獲得に血道をあげている状態ですので、ある種の過当競争になるのは仕方がないことであろうと思います。それが悪いということではなく、いつか来た道という意味で、そこからどのように採算を合わせられるような事業を構築するのかというところに勝算が見えてくるのでありましょう。それこそ、プレファランスをどう稼ぐかを考えたときに、ユーザーが日常的に使うメディアや動画サイトを選別する可能性は高くなるわけで、そのあたりの親和性をどう確保しながら事業展開していくのかが問われているのがいまの業界環境ではないかと思います。

 したがって、この先は地道に毎回YoYで何%取ったの取られたのというラットレースを抜けられるかどうかは「どこに収益の基盤を置くか」にかかってくるわけで、かけたマーケティングコストがどれだけのPVやUUを産み、視聴者とエンゲージメントを高めることができたのか、プレファレンスを稼げたのかはとても大事な要素になることはいうまでもありません。だって、動画単体で儲けるためには、千に一つのコンテンツ業界の一個一個の投資の世界に首を突っ込むことに他ならないのですから。それをやろうとしたのが海外某社であり、そう長くはうまく回らないのを証明してくれました。そういう同じ轍を踏む必要はどこにもないのです。

 一方で、ゲーム事業でかなり稼いだお金を容赦なく動画サービスに突っ込むという一世一代の博打に乗り出した企業は注目されます。アニメをたくさん無料で放映したおかげで、この界隈の老舗の貧乏客をごっそり奪っていきました。お見事です。それがどう収益に繋がるかは微妙も微妙ですが、あそこまでしっかりとデカくなると児童ポルノでも流さなければそこそこの体裁は整うのではないかと思います。もっとも、テレビ局と組んでいるとはとても思えない低俗なコンテンツが大量に放流され、またそのテレビ局では更迭人事も含めていろんな議論があることは承知しています。革命には血が流れるものなのでしょうか。

 短兵急なスマホシフトがひと段落してしまったいま、他よりも一つ頭が出るために必要なことをもう一度模索しながら、どこを勝ち筋にして視聴者により良いコンテンツを届けられるのかをもっと考えていく必要はあります。同じ議論はCS多チャンネル時代のときにも、またネット放送元年と言われた時期にもあったように思いますが、それ以上に、現在では実況も含めてネット社会が成熟し、また物販やサービスをネット経由で行うユーザーのすそ野が大きくなっていることから、ユーザーがしっかりと視聴者として巻き込めている限りは大きなベネフィットを産むことのできる仕掛けがどんどん出てくるであろうと考えます。それは単に月額制のサブスクリプションサービスだというだけの話ではなく、広くはユーザー属性をかき集めてプロファイリングするためのDMPや、視聴者のロイヤリティを確かめるためのデータマイニングが必須になるわけです。

 なので、いまこの過当競争だ、どこも収益基盤がイマイチだと騒いでいるうちが混乱期の最たるものであって、そこで一番最初に儲けられる仕掛けを作り上げられたところが今後しばらくの勝者になるのではないかと感じます。

 いろんな意味で、みんな頑張れ! ということで。はい。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.169 鳴り物いりだった割には停滞気味なネット動画事業界隈の現状考察、そして玉木雄一郎さんとの対談の続き、さらには総務省対キャリアの攻防を見守る回
2016年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】先行投資か無謀な挑戦か ネット動画事業に関する是非と簡単な考察
【1. インシデント1】玉木雄一郎×山本一郎 対談第2回
【2. インシデント2】さらに熱くなる総務省とキャリアの攻防、そして漁夫の利を狙うLINEモバイルのことなど
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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