小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

「キモズム」を超えていく

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年12月9日 Vol.108 <本当の修羅場号>より


「キモズム」という概念がある。

2006年頃、iPhoneも生まれておらず、スマートフォンなんて言葉はマニア系IT媒体でしかお目に掛かったことがない頃の話だ。2005年末に発売した「W-ZERO3」を使っていると、ある人から声をかけられた。

「うわ、そんなちっちゃいキーボードついてるもので、タイプできるんですか。それに大きいなあ」

多分悪気はなかったんだろうが、ぶっちゃけ「余計なお世話だ」と思ったものだ。その後その人は、翌年に私が入手した初代iPhoneを見て「ボタンじゃないと入力大変じゃないですか?」と言った。これもやっぱり悪気はなかったんだろう。

もちろんその人も、今はスマートフォンを使っているものと思う。(会っていないので知らないが、さすがにそうだろう)要は、まだ新しいモノを受け入れる準備が出来ていなかったので、その人には、スマートフォンが「変わったもの」に見えた、別にいい方をすれば「キモかった」のだろう。

一般化する前は、どんなものもキモいものだ。Bluetoothのヘッドホンを使って通話するのだって、まだちょっとキモい、と言われれば返す言葉がない。昔はPCだってそうだったものだ。

機器が一般に普及していく過程で、先進層から一気にマスへと広がる際、よく使われるのが、マーケティング・コンサルタントのジェフリー・A・ムーアの理論に基づく「キャズム」という言葉だ。アーリーアダプターとその先にある、超えねばならない大きな溝(キャズム)を指したものだ。

これにインスピレーションを受けた言葉が「キモズム」だ。

これは、Mikulusの作者であり、日本のVRエバンジェリストでもあるGOROman氏( Twitter ID @GOROman ) が提唱したもの。世の中であたりまえになる前、機器は「キモい」と言われ、その段階を超えると急に「モテる」要素になる。キモさの溝を超えていくことを「キモズム」と名付けたわけだ。

特にこの考え方は、日常的に身につけるもので特におきがちである。今で言えば、VR用のヘッドセットは、キモズムに至るずっと前の段階にあり、これからそこに至るわけだが、まさに「キモズム」そのものに直面することになるだろう。

例えば、スマートフォンはとっくにキモズムを超えたが、スマートウォッチはそうではない。スマートウォッチのプロモーションは、いわゆるファッション系のイメージで展開されることが多いのだが、そこは「キモズム」との戦いなのかも知れない。もちろん、時計=ファッションアイテム、という連携があってのものなのだが。

そもそも、「キモい」から「ふつう」もしくは「カッコイイ」に切り替わる瞬間はなんなのだろう。別に、イケメンや美女が使えば、という話ではないだろう。普及前の製品をいわゆるセレブリティに配り、使ってもらうのは宣伝戦略の常道だが、それがそうそううまくいかないのは、スマートウォッチを見ればわかるはずだ。

変わったモノは、なかなか生活の中に溶け込まない。他人の目から奇異に見えることが、機能やデザインや「その機器のもっている先進的なイメージ」によって、「あえて身につけたい」という風景に変わっていくことが、キモズム越えにとても重要なことだと思う。

別ないい方をすれば、「これが便利」という評価を超えていくことが、キモズムを超える、ということなのだと思う。こっち側(あえてそう書くが)の人間は、そうした部分に重きを置くところがあるが、それだけではやはりダメだ。

生活の中でその製品がどう位置付けられるのか、それを持っていることが他人にどのようなイメージを与えるか、ということまで含めて、すべてが「キモズム越え」に必要なことなのだろう。それこそが、まさに「マーケティング」だ。

次にキモズムを超えるIT機器がなんなのかを考えてみるのは、ちょっと面白い思考実験ではないだろうか。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2016年12月9日 Vol.108 <本当の修羅場号> 目次

01 論壇【小寺】
 今、目の前にある貧困
02 余談【西田】
 「キモズム」を超えていく
03 対談【小寺】
 行政書士ってなんだ? (3)
04 過去記事【小寺】
 家庭内は成長なし? レコーダはどこへ行くのか
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。   ご購読・詳細はこちらから!

その他の記事

人生に活力を呼び込む「午前中」の過ごし方(名越康文)
絶滅鳥類ドードーをめぐる考察〜17世紀、ドードーはペンギンと間違われていた?(川端裕人)
様々な意味で死に直面する「死海」の今(高城剛)
ソニー復活の秘密(本田雅一)
「家族とはなんだって、全部背負う事ないんじゃない?」 〜子育てに苦しんだ人は必見! 映画『沈没家族 劇場版』(切通理作)
【対談】乙武洋匡×山本一郎 自分の人生を使って、どんな絵を描くか(1)(やまもといちろう)
週刊金融日記 第313号【カード自作とSpaced Repetitionによるパワフルな暗記メソッド、トランプさんに振り回される世界経済他】(藤沢数希)
明石市長・泉房穂さんが燃えた件で(やまもといちろう)
キューバの有機農業に注目しているのは日本の一部の人たちだけという現実(高城剛)
【対談】類人猿分類の産みの親・岡崎和江さんに聞く『ゴリラの冷や汗』ができたわけ(1)(名越康文)
過去17年間のAmazon依存度を振り返る(小寺信良)
『スターウォーズ』は映画として不完全だからこそ成功した(岩崎夏海)
カビ毒(マイコトキシン)についての話(高城剛)
Adobe Max Japan 2018で「新アプリ」について聞いてみた(西田宗千佳)
いわゆる「パパ活」と非モテ成功者の女性への復讐の話について(やまもといちろう)

ページのトップへ