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なぜ母は、娘を殺した加害者の死刑執行を止めようとしたのか?~ 映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』佐藤慶紀監督インタビュー

切通理作メールマガジン『映画の友よ』Vol.084にレビューが掲載された、映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』の監督インタビューを、特別にお届けします。メルマガと合わせてご一読ください。

<取材・構成 出澤由美子>


(C)『HER MOTHER』製作委員会

娘を婿の孝司に殺害された母親・晴美の姿を中心に、死刑制度、そして、憎しむべき相手との「対話」をテーマに描いた映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』。メルマガ「映画の友よ」84号でも問題作としていち早くレビューした同映画の佐藤慶紀監督にお話を伺いました。

映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』公式サイト

−本作の構想はいつ頃から練られていたのでしょうか?

佐藤監督 10年程前からです。テレビ番組の企画用のリサーチを行っている時に、世界には加害者と和解しようとする被害者遺族の方々がいるということを知りました。宗教、思想・信条的理由から、加害者の死刑を止めようとする方々もいましたし、そうした価値観とは関係なく行動している方もいました。そのことが個人的にとても気になったので、関連資料などを調べ続けてきました。

−調べていくなかで、どのようなことを感じましたか?

佐藤監督 決して分かり合えないものにどう応えるのか? 理解できないものに対してどうするのか? 自分の愛する人を殺害した人間のことは、決して理解できないでしょう。復讐心もわいてくると思います。その上で、先程述べたような決断をするとはどういうことなのか。

いわゆる「和解」や「赦し」という概念に頼らず、自分自身で深く考えてみたいと思いました。そして、その先に待っている死刑制度とは何かを考えたいと思い、映画として制作することにしました。

−なぜ、被害者と加害者の関係性を親族にしようと考えたのですか?

佐藤監督 脚本を書くにあたり一つ考えたのは、全く知らない人間の犯行ではなく、娘を殺された母は殺した犯人のことを以前から知っていて欲しかった。そのため、「親族間で起きた事件」という設定にしました。

−事件後、被害者遺族である晴美(西山諒)の周りから次々に人がいなくなっていくのに対し、加害者である孝司(荒川泰次郎)の周りには、彼を援護する人が現れていく。非常に対照的ですし、晴美の周囲の人たちの変化に私は戸惑いましたが、実際にこうしたケースは起きているのでしょうか?

佐藤監督 はい、色々と調べていくなかで、実際にそうしたケースがあることを知り、僕も非常に驚きました。加害者に味方が増え、逆に被害者が「あなたのせいだ」「あなたが悪い」「前世の行いが悪いからだ」などと言われて孤立していってしまう。被害者に関するサポートも少しはあると思うのですが、充分ではないと思います。


(C)『HER MOTHER』製作委員会

−元夫(西山由希宏)からも責められ、身内からも理解されず、晴美がどんどん孤立してしまう姿は、見ていて胸が苦しくなります。

佐藤監督 それも描きたかったところの一つです。元夫から「いつまで落ち込んでいるんだ!」と言われてしまう。

-言われていますね。元夫は、真実を知るよりこの苦しみから解放されたい。晴美は一生かけて真実と向き合おうと決める。この違いは大きいと思います。数年後に、宗教団体の人たちと笑い合っている元夫の姿は、晴美と正反対だなと思いました。

佐藤監督 加害者には特別な心を持って接しようとする方が多いと思います。ですが、被害者に接する方は、特別な心を持って接するというよりは、日常の延長の中で接する方たちが多いわけで、どう接していいかわからないという本音もあるのだと思います。同情はするけれど、だからと言って…。

-どうすることもできない、ということでしょうか。心配よりも自我が表れているのが弟ですね。親族だから「心配している」と言いつつも、結局は自分のために姉をどうにかしたい。

佐藤監督 そうですね、それを強調したくて弟という人物像を作りました。彼は自分のことしか考えない。

-それぞれの間で表面的な会話は成されていますが、相手のちょっとした言葉で感情が揺れて爆発する。激情した時に出た本音に、その人物の本性が見えて恐怖さえ感じます。

佐藤監督 人間は普通の状態から突然カッとなって感情が出たりすると思うんです。僕の知る限りでは、そういう時に男性は手が出るというか暴力的になり、女性は言葉で責めたり叫んだりする。それはかなり意識して描いています。

-頭では理解しているけど、気持ちがついていかない。それを抑えているから何かのタイミングで感情の箍が外れて噴出してしまう。

佐藤監督 そうですね、頭と気持ちがバラバラに動いていると、そうなってしまうということも描きたかったことの一つです。この映画では、「人間の弱さ」みたいなものを出したかった。

理想として、「対話」を通してわかり合うということを描く方法もあるのですが、僕の中で、「はたして人間はそこまでできるのか、もっと人間は弱いものなのではないか」という疑問もあるわけです。そうありたいけどそうなれない。であるから、今日までずっと色々なことが続いているわけで。「人間の弱さ」自体を見つめて考えて欲しいと思いました。

-裁判の判決に「不当だ!」と声を荒げていた孝司が、晴美との面会ではガラリと表情が変わりますが、これは孝司を演じた荒川泰次郎さんが役作りをされたのでしょうか?

佐藤監督 はい、荒川さんが役作りをしてくれました。裁判のシーンと同じ日に面会のシーンも撮ったのですが、元々ボクサーの経験があるそうで、そのシーンの前日に1日で4kg減量し、身体的な面でも役作りをしてくれました。眼光の鋭い方だったので、彼に演じてもらいたいなと思っていましたし、彼は、裁判所にも自ら足を運んで研究していました。これは役者としていいことかどうかはわからないと彼自身も言っていますが、面会のシーンも気持ちが高揚して本気泣きをしていました。


(C)『HER MOTHER』製作委員会

-熱意を込めて演じてくださったんですね。

佐藤監督 はい、彼に演じてもらえて良かったです。ヒロインの西山さんはどう映りましたか?

-すごく芯の強い方だと思いました。あれだけの背景を背負った晴美を、感情を抑えて演じるというのは、精神的にもかなりご負担だったのではないかと思います。表情や目の動き、起伏する感情の表現など、ぶれない強い意志を持った方だなと思って拝見していました。

佐藤監督 西山さんは、すごく根性のある姉御肌で、義理人情に厚い方なんです。劇団の座長もやっていて、新撰組の沖田総司を演じたりしています。彼女に演じてもらえて本当に良かったです。

-孝司は晴美に対して「彼女(妻)は悪くない、僕が間違っていた」と言いますが、一体何が彼を変えたのでしょうか?

佐藤監督 彼は自分が犯した罪を本当に後悔しています。自分の行為に向き合おうとしている人物として、僕は描きたかった。妻がしてきたことも、自分がやってしまったことも含めて全部受け入れる。彼女のことを悪く言おうとすることすらやめた。彼女のせいではない、そこまで思った。そして彼女を庇おうとする。そういうことを考えながら人物像を作りました。

-受刑中に自分との対話によって改心したということでしょうか?

佐藤監督 刑務所に入り、神父さんとの会話を通して、宗教的な理由で改心する方もいらっしゃるのですが、この映画では、宗教的な理由で改心したのではなく、彼自身が自分の犯した罪に気づいて反省したと描きたかったんです。

それはある意味、僕の中での願いも含まれています。自らの意志で更生し、償う。そうした人間がいて欲しいなと。彼は改心して強い意志を持った、一つの理想として描いています。

−死刑制度について、監督ご自身はどうお考えですか?

佐藤監督 個人的には反対ですが、それを映画で主張するのはフェアではないし、何か違うなと思ったので、反対と主張はしていないです。まずは死刑制度についてきちんと考えてもらいたい。

賛成の人はなぜ賛成なのか、反対の人はなぜ反対なのか。なかなか死刑制度について突き詰めて考えたりしないと思うので、何かしら、心底考えてもらいたい。この映画を通して、どれだけの人が死刑制度について自分ごととして考えてくれるのかなと。映画にでもしない限り、関心を持ってもらえないと思ったので、考えるきっかけにして欲しいです。

−海外の映画祭で上映された時の反応はいかがでしたか?

佐藤監督 フランス、韓国、台湾の映画祭で上映されたのですが、フランスですと、ダイレクトに死刑制度について聞かれたり、「私たちの国は30年程前に死刑制度をやめて、それを誇りに思っている」と言われたり、「罪悪感を描いた美しい作品だ」と言っておじいちゃんが握手を求めてきてくださったり、具体的にいろんなことを発言してくださいました。

以前からそういうことに対して考えていたのかもしれないですが、映画を見て思ったことをその場で言ってくださる。そこは日本の国民性とは違うところだと感じました。

−日本ではどのような反応でしたか?

佐藤監督 日本には長らく「控えめの美学」というものがあるので、大阪の上映会ではあまり積極的に意見は出ませんでしたが、「母(晴美)の気持ちになって考えました」と言っていただきました。僕は話したいですし、こちらから質問すると答えてくださるので、積極的に話しかけていこうと思います。

−そうしたオープンな場では、自発的に発言しにくいかもしれません。監督から聞いていただけたら話しやすくなりますし、嬉しいと思います。最後に、これから映画をご覧になる方へメッセージをお願いします。

佐藤監督 僕は、映画を見ていただくだけでなく、その後の会話も大切だと思っています。人間の弱さ、人間の本質というものについても、見た人に考えていただきたい。人間には様々な感情があります。きっと憎しみと赦しの間にも、言葉にならない感情があるのではないでしょうか。

死刑制度についても、あなたならその時にどんな判決を下すのか? いろいろな映画がある中で、それらを考えてもらう一つのきっかけになる映画として捉えて欲しいと思っています。


佐藤慶紀監督(C)『HER MOTHER』製作委員会

『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』

2017年9月9日(土)より10月6日(金)まで新宿ケイズシネマにてロードショー公開
連日朝10:30~
http://www.ks-cinema.com/movie/hermother/

映画公式サイトはこちら

<インタビュー/構成>
出澤 由美子(でざわ ゆみこ)

インタビュアー、編集者、ライター。IT、マーケティング業界を経て活字の世界へ。インタビュー・対談を通して、「人」の思いを伝える記事を執筆・編集。500人以上のインタビュー経験を基に、パーソナルブランディングやコンサルティングも行う。フリーペーパー『YABO』の企画・制作・広報。http://yabo-freepaper.com

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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