高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

あまり語られることのないエストニアが電子政府に向かわざるをえない本当の理由

高城未来研究所【Future Report】Vol.354(2018年3月30日発行)より


今週は、エストニアのタリンにいます。

北欧にある人口134万人程の小さな国エストニアは、近年、電子政府(e-Government)の設立で大きな話題を呼んでいます。

政府の書類99%を電子化し、投票もインターネットで可能。
「e-Cabinet」と呼ばれるシステムは、内閣が閣議を開く際に、閣僚がシステムにアクセスし、議題を事前確認するだけでなく、本当に意義があるのか、事前討議できる仕組みで透明化されているのが特徴です。
そして、異議がないものは閣議の場で議論することがなくなりますので、かつて4〜5時間かかっていた閣議が30分〜90分で終わるようになったと言われています。
同時に、毎週数千ページ印刷していたペーパーも不要になったと政府は話します。

また、「e-Residency」は、場所に依存しないオンラインでビジネスをする外国人たちのために、エストニア人と同様にオンライン上で各種サービスを受けられなる「IDカード」が発行される他に類を見ない制度です。
仮想ではありますが、「e-Residency」と呼ばれるエストニア国民になれば、電子認証により、エストニアに一度も行くことなく法人登記が可能となります。

しかし、このような耳障りの良い国家戦略とキャンペーンとは裏腹に、たとえ「e-Residency」を取得しても、銀行口座を簡単に開くことができない現実もあります。
そうなれば、エストニアのサイバー空間上の国民になれて、会社を登記することができても、肝心の銀行口座がいつまでたっても開けない状態が続くのです。

これは、エストニアの通貨がユーロである以上、EUの規定に従わなければならないことが多く、このあたりから、エストニア政府とEUの足踏みが揃っていないのが伺えます。

また、エストニア政府は、来年いままでにない「デジタルノマドビザ」を発行すると、あたらしい花火を打ち上げました。
この「デジタルノマドビザ」は、物理的に365日エストニアに滞在できるビザですが、事実上、国境がないEU(シェンゲン条約国)へのゲートウェイになる可能性がありますので、事前にEUとの協議が必要になるはずです。
つまり、「デジタルノマドビザ」の発行は、そう簡単ではなく、事実、政府のどなたにお聞きしても詳細を話せる人は皆無でした。

エストニアは日本から見ると、先進的に思えますが、そこには、なにより国家ブランディングのうまさがあります。
確かに国家の透明性を高めているのは事実でしょうが、正直、鵜呑みにもできません。

実は、ほとんど語られることがありませんが、このエストニアが電子政府に向かった背景には、ロシアの存在があります。
クリミア半島同様、いつ、ロシアに国土を奪われるかわからない地政学上の問題をエストニアは常に抱えています。
そこで、もし、ロシアに国土を奪われても、国家が存続できるように考えられたのが、サイバー空間上の「e-エストニア」なのです。

現在、エストニアは、ウクライナと似たような状況下にあります。
国家東部の大半は、ロシア語話者で、自分たちをロシア人だと考えており、一方、国家西部の大半は、エストニア語話者で、自分たちをEUの一員だと考えるのと同時に、もしもの際(ロシアによる侵攻の際)の逃げ場として急ピッチで作っているのが、「e-エストニア」の真実なのです。

特にクリミア半島のロシア併合後、「e-エストニア」計画は急速に進み、準備が整わないうちから、次々と新プランを公表しています。
そのひとつが、「デジタルノマドビザ」です。
試みは面白いと思いますが、注意も必要なのは間違いありません。

さて、僕はもうじき日本に向かいます。
今週、タリンの最低気温はマイナス15度で、厳しい冬がまだまだ続いていますが、花粉症の春の東京に戻るのも、なかなか厳しいものです。
まるで、地獄めぐりのようですが、北半球全体に、もうじき春が訪れるのは、楽しみで仕方がありません。
次は、いよいよ夏到来です!

 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.354 2018年3月30日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 未来放談
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 著書のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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