やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

もう少し、国内事業者を平等に or 利する法制はできないのだろうか


 私は自由貿易主義者で、国民に一方的に損害が発生しないようであればなるだけ規制は撤廃して、経済活動を自活的、自律的にやっていったほうが良いという考えを持っています。

 しかしながら、どうも国内でこの手の議論をしていると、前回メルマガで書いたような、ソーシャルゲーム業界とEMAの関係に見られる「国内事業者だけが縛られる法律」が出来て、そのように運用された結果、国内市場が法律に縛られない第三国の事業者が海外にサーバを立てて運営するサービスに席巻されてしまう、という現象を引き起こします。

 いまになって、公正取引員会をはじめ官邸ですら「GAFA対策」と言い始め、これはこれでどうなのだという議論が始まっていますが、日本市場や日本人に関するデータをすっかり取られてしまった後で「GAFA対策が必要」と言い募ったところで何をかいわんや、というケースが大きくなっているように思います。

 また、次項でも書きます「Yahoo! JAPANとLINEの経営統合に関する話」でも、目下最大の議論はなぜか「日本発のプラットフォーム事業者を作ることが、世界戦略上とても重要」と言ってしまう有識者たちが出てきて、この人たちは何を見て話をしているのだろうと不思議になります。端的に言えば、確かにY!JもLINEも日本では有名なサービスですが、Y!Jは基本的に売り上げは日本国内に限定され、LINEもあくまでSNSとしてのコミュニケーションツールに過ぎず持っている市場も日本と東南アジアの一部だけで、そのユーザー数は減少に転じ、事業化についてもスマホ向けQRコード決済という時代遅れのサービスに多額の広告宣伝費をつぎ込んで赤字に転落している状態です。

 実際のところ、海外のプラットフォーム事業者については、法人向けのクラウドサービスや、全世界のユーザーに対するコンテンツデリバリーで利ザヤを稼ぎ、だからこそプラットフォーム事業者として君臨できている状況があります。ここにマイクロソフトやTwitterが入り、中国勢で言えばAlibabaグループやTencentが入って、大規模資本によるデータコングロマリット、データ資本主義という扱いになってきており、日本の場合はそれに対抗できる企業は一社として存在しません。

 もしも、日本がGAFA対策でどうするのかという話をする場合に、年間1兆円弱の研究開発費を捻出できるような大型のICT企業グループの国策的立ち上げをするか、アメリカ政府ときちんと連動をしてこれらのGAFAに対して適正な競争戦略が施行できるよう企業分割も含めた働きかけをしなければならないというのが現実です。「すでに勝負あった」話を、まだ勝負が終わっていないと徹底抗戦して、本土に爆弾を落とされて首都が焼け野原になった太平洋戦争と同じような轍を踏むことが戦後政治の帰結だったというのは実に残念なことです。

 翻って、負け戦なりに日本人のデータを守るためにどういう法制が必要か、あるいは、海外の法律と同じ土俵を用意して国内事業者にも然るべき平等な環境を用意して戦ってもらうという議論はどこかで必要になります。負けは負けだけど、せめて日本市場や日本人のデータがより高く評価されて流通してくれて、それが日本人や日本社会にとって意味を持つICT環境を作る手助けをしてくれるような方法を模索する、という敗者の戦略です。

 ところが、これについても欧州GDPRや米カリフォルニア州プライバシー法に準拠するところまでは話は進んでも、世界的なデータ保護の流れにキャッチアップはすれども先導するような話にはならず、逆に、日本では日本国内でしか通用しない独自の新法制定の動きになってしまって孤立が深まる可能性が高くなりました。

 それはひとえにGAFAやマイクロソフト、Twitter社だけでなく、AlibabaもTencentも日本の法律に基づいて日本の裁判所が参集を命じても、普通に彼らが無視して何も問題がないという状態に陥るからです。極論を言えば、日本人とアイルランド法人との間に利用規約が合意され、アイルランド法でデータ保護の要綱が決定されているため、日本法として消費者保護やデータ保護の座組が強化されたところで彼らには関係がないのです。

 結果として、前回メルマガでも指摘したようにソーシャルゲーム業界で未成年者略取事案が増えたことを背景に、また、出会い系サイトでの掲示板で風俗業者の違法営業が増加したことを受けて警察庁・警視庁が業界に対して改善を求め、業界も業界団体を作って横断的にユーザーの行動監視を進める仕組みを多額の費用をかけ作り上げたとしても、FacebookやTwitterなど海外の事業者はまったくお構いなしに自由にDMを送れる仕組みを用意し、13歳未満はアカウントを作れない仕組みを用意しましたと言ってもそれらが精度高く運用されているとは言い難く、結果として今回のような未成年者の連れ去り事案がTwitterで起きても野放しになるだけで、事業者の責任を問われることはありません。

 結局、この手の規制を着実に実行した国内事業者だけが余計なコストと人員を割いて監視を行い利益を吐き出し、そのお金は再投資に回らず、ゲームプラットフォームとして海外展開をする機会も世界的にウケるコンテンツを量産できる体制づくりも行えないまま、ゲームブームが去ってしまったことになります。国内事業者がチャンスを失した一方で、世界的なゲームコンテンツの興隆やコミュニケーションツールの流行から日本企業が取り残された理由の一つは、このような「国内事業者だけを縛る日本社会の仕組み」が悪影響を及ぼしたからであることは間違いありません。

 一方、Y!JとLINEの経営統合で海外のプラットフォーム事業者との比較スライドが話題になりましたが、海外の事業者では前述の通りエンタープライズ(法人)向けのデータソリューションが売上の一角を占めています。ただ、思い出していただきたいのは、Y!Jはグループ傘下のファーストサーバがユーザーのデータに対して二回にわたる大規模障害でどうしようもない甚大な被害と信用失墜をもたらし、LINEにいたっては、そもそも旧ライブドア時代に法人向けデータセンター事業の「データホテル」を不要とばかりにNHN Entertainment社に売却、のちにNHNグループとLINE/NAVER社の資本関係が解消になると実質的に法人向けサービスは無くなってしまいました。データサービスをY!JもLINEも持っていないのにプラットフォーム事業者としてGAFAやAlibaba、Tencentと比較されるようなスライドを作り、日本発だと謳う神経はどうなのかと外部からは思います。

 なので、私などは今回のY!JとLINEの経営統合は非常に守備的なものであるうえに補完要素もそれほど強くないので、改めて破談になる可能性もありつつ、公正取引委員会などが合併を認めない動きになるかどうかという点については当メルマガ次項で補足します。また、本当にプラットフォーム事業者を目指すのであれば、クラウドサービスなどを持つ第三者をさらに買収するのではないかと思っています。それがなければ、Y!JとLINEを欲しがっているAlibabaグループに再度売却される運命にあるでしょうし、いまのソフトバンクグループとみずほFGの状況では残された時間はそれほど多くないのではないかとすら感じます。

 それもこれも、問題の構造は明らかです。公的にはこのグローバルなデータ流通や経済の仕組みの奔流に対して、日本の制度設計が「新法を立てる前に業界団体を作らせてそこがガイドラインを出しそれを各社が遵守するという仕組みを作る」ことで良しとされてきた事後対応がメインだったことが一つ。もうひとつが、日本の民間事業者は常に日本市場やアジア市場の一部でしか事業を飛躍させることができず、結果として非常にドメスティックで小粒な事業体ばかりがゴロゴロして小さな市場で争っていることです。

 みんな、このままでは駄目だ、どうにかしなければならないと思っているのかもしれませんが、グローバル経済、データ資本主義がどこまで続くかは別としてもいまこの状況に対応しなければならないのは事実ではあるので、より先を見た青写真となるグランドデザインをどう描くのか、そこを考えなければならないだろうと強く思う次第です。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.281 「Yahoo! JAPANとLINEの経営統合」にまつわる諸事を深掘りしつつ、人工知能に向ける世間の期待への懸念にも触れてみる回
2019年11月30日発行号 目次
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【0. 序文】もう少し、国内事業者を平等に or 利する法制はできないのだろうか
【1. インシデント1】「Yahoo! JAPANとLINEの経営統合」が日本の安全保障問題に化ける日
【2. インシデント2】人工知能はヒトと同じように老害化の轍を踏むことになるのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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