高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

レンズ企業ツァイス社の歴史を振り返る

高城未来研究所【Future Report】Vol.516(2021年5月7日発行)より

今週も、東京にいます。

世界中のブランドを買い漁って傘下に収めるLVMHグループのベルアール・アルノー会長(PDG)が、以前、ライカの買収に動いた際、マイスターたちのこだわりと生産性の遅さから断念したことがありました。
いまでもトップラインの非球面レンズは手磨きされており、長い月日をかけて一本を完成させるライカ。
これだと、いつまでたっても採算性にあわないとのことで、買収を断念した経緯をアルノー会長から直接お伺いしたことがあります。
なんとも言い難いライカの世界は、東ドイツの名残が残る反資本主義にあるように思えてなりません。
事実、旧東ドイツ出身のマイスターが、いまもライカに多くいるのです。

このライカと並ぶドイツのレンズ企業の雄がカールツァイスですが、ライカと違い、ツァイスは第二次世界大戦によって、数奇な歴史を歩みます。

1846年に、ロマン主義の中心的都市だったドイツのチューリンゲン州イェーナで、「レンズ磨きの天才」カール・フリードリヒ・ツァイスによって創業したツァイス社。
ロマン主義は、合理主義などに対し感受性に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす「カウンターカルチャー」でした。
その動きは文芸・美術・音楽・演劇などさまざまな芸術分野に及び、その中から当時の「カウンターカルチャー系スタートアップ」として生まれたのが、ツァイス社です。

ツァイス社は、当初から「目に写らないものを見る」世界最高の顕微鏡を作ることを目指し、いまでも顕微鏡に使われている世界初の複眼レンズを持つ顕微鏡を発表して高評価を得ます。
ここに物理学者のエルンスト・アッベが合流し、光学を数式化したレンズを製作。
いまでも最高級のレンズ技術と言われる色収差を補正したアポクロマートが完成し、写真レンズに参入します。
そしてアッベの愛弟子だった数学者パウル・ルドルフが、今日でも使われているプラナーやテッサーを設計し、世界最高水準の光学機器会社としての地位を築きあげていきます。

その後、創業者のツァイスが死去。
企業は財団へと進化しました。
これにより、当時、1日14時間労働が基本だったのを8時間に定め、有休休暇や年金などを世界で初めて本格的に整備。
いまでは世界中で当たり前のようになった労働基準は、実はレンズに魅せられた当時の知的集団だったツァイスによって作られたのです。

また、「人類の福祉に貢献する」という社是に即し、技術的に価値の高い発明については特許を取ることを禁じて進んで公開した「シェア」精神を持つ集団でもありました。
このような労働政策や企業理念がグループの労働者の労働意欲を大いに向上させ生産性を飛躍的に高め、19世紀末から軍事や医学その他の専門分野で、世界中どこへ行っても最高の性能を備えたレンズとして、ツァイス製品は使われていきます。

しかし、このような労働体系が「社会主義的である」として、時の政府から圧力がかかります。
それが、ナチです。

世界恐慌のなか、カール・ツァイスは世界の最先端を走る光学機器会社として君臨。
その企業が「社会主義的である」ことは、為政者=ナチとしては許し難い存在であることから、度重なる圧力をかけましたが、潜望鏡からプラネタリウムまで高性能レンズを作るカール・ツァイスの技術には、時の為政者も強く手が出せません。

そして第二次世界大戦終了後、カール・ツァイスは数奇な運命をたどります。
敗戦直後、ドイツの東西分断により、ドイツ東部にあったイェーナはソ連占領統治下に置かれます。
しかし、米国はカール・ツァイスの光学技術をソ連にそのまま渡すことを阻止するため、ソ連に先んじてイェーナに入り、8万枚の図面と125名の技術者とその家族を拉致します。
その後、西ドイツで別のツァイス社を立ち上げたのです。

一方、ソ連はイェーナの工場群を接収し、残った技術者もソ連に送って、半官半民の「人民公社カール・ツァイス・イェーナ」(Carl Zeiss Jena)を設立します。
こうしてカール・ツァイスは東西に分裂。
以降、世界に名高いカール・ツァイスは、「鉄のカーテン」を隔て、まるで並行世界のように、同じ名前のレンズ企業が同時に世界で二社存在するようになったのです。

次週に続きます(思いの外、長くなってしまいました、、、!)
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.516 2021年5月7日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 身体と意識
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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