やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「減りゆく日本人」出生数低迷と政策的手詰まり


 かねて「みんなの介護」などでも話題にしておりました我が国の出生数、21年度は確定値で81万人余りにとどまったということで「衝撃だ」って言われたんですよね、この前。

https://www.facebook.com/masashi.hagihara/posts/10227606620612448

 萩原雅之さんが書いておられるように、まあ分かっていたわけです。

 ただ、政策的に「これぞ」というのは特にない以上、分かっていて、対処しなければならなかったけど、結果としてどうにもならなくなったというのが実際です。

 極論を先に言うならば、子どもを産んでもらうとしても、政策的に出産を強要することはもちろんできません。また、日本人は特に、出産と強い相関を持つ数字は婚姻数でありまして、婚姻が増えなければ子どもは増えません。

 ここから先はモデル計算そのものの話で恐縮ですが、副次的なパラメータとして言えるのは「絶対的な母親数の減少」が大前提なので、日本がベビーブームを起こして、仮に出生率3.0とかいうレベルで頑張ったとしても1億2,000万人のような人口に戻ることは起きません。母親が少なくなっているので、一人3人産んでくれてももう遅いのです。

 そこから先は、3つのパラメータで言われます。ひとつは先に述べた婚姻数。ふたつめは出産年齢。晩婚で、出生が遅れれば、当然3人目、4人目を考えたいと言っても高齢になってしまうので、必然的に一人ないし2人で出生が止まってしまう母親が増える。そして、20代前半で子どもを産む人が減って、30代後半に初産が増えれば、3世代で70年のリードタイムになってしまいます。

 みっつめは、経済的要因です。婚姻にも深くかかわる経済的要因は、単純な話、結婚できるほどお金がないよという若者や経済情勢の地域であるならば、必然的に結婚できないし子どもも生まれない。

 他方で、出生対策のために好景気を! と言ったところで、そもそも政府はいままで必死に頑張って好景気にしようとしているけどさっぱりであることを考えれば、若者の婚姻数を増やして出生対策を打とうとするなら政策的に若者にダイレクトにお金を与えられるような振興策を取るほかありません。

 さらに、沖縄を除き出生数の問題で言うならば都道府県でも郊外・郡部の出生傾向はどうしても下がります。出生可能な医療機関がないことが直接の原因とされていますが、実際には婚姻し子どもを産み育てる家庭を維持できるだけの充分な収入のある仕事が郊外・郡部に少ないので、子育て可能な世帯や出生可能な年齢の女性は生まれ育った地域を捨てて出て行ってしまうことが背景にあります。

 ところが、我が国の出生対策についていうならば、問題点はすべて分かったうえで、婚姻数を増やしたり、若者におカネを与える方向よりも、なぜか出生した家庭に対する子育て予算を厚く持つ育てやすさを優先する傾向にあります。ハッキリ言ってしまうと、保育所託児所を充実させたところで出生数向上にはほとんど貢献せず影響がないことが分かっています。政府として「結婚してくれ」と言えず、若者に金を配れないので、仕方なく効果が薄いと知りつつも保育園や託児所に予算を付けてやってる感を出さざるを得ないというのが実情でしょう。

 いまや、我が国の出生数対策という観点から言えば政策的に手詰まりであることは言うまでもないのですが、世界を見てみると、実のところ出生数対策は各社会に固有値でもあるんじゃないかと思うぐらいに一定の枠内で収まっているのもまた事実です。逆説的に、社会的によく制度設計されていても、また、人口に比べて十分な経済成長率を持っていても、どういうわけか出生数が改善しない国や地域というものは存在します。

 たまにこのあたりの統計について政策を取りまとめようという話が出ますが、大変なのは家庭環境と出生にかかわりが強いとなると、婚姻数を増やしながら社会的紐帯を強めていく施策を取らなければならないけど、それはいったいどうやれば実現するんですかという問題にぶち当たることなんですよ。

 端的に言えば、北陸で出生数の高い地域を見てみると、びっくりするほど三世帯同居か、近くに祖父祖母が住んでいて人手がある、それが当たり前であるという地域特性を持っています。よく考えたら首都圏中京圏で出生率が優位に低い地域は所得が高くても核家族の割合が多いところで「2人目は生まない」選択をしている夫婦が多くあります。

 戦前から戦後のように、子どもが生まれやすい地域経済を作り、そこで自活的に子育てできる社会環境を政策的に実現しようという動きがあるのは分かります。ただ、昭和20年代と現代とでは、あまりにも経済状況も社会環境も持っている条件が違いすぎます。振り返れば、人口減少が予想された90年代までは、むしろ日本社会は多産対策をやっていたり、地域で子どもを養い切れないので集団就職させたりしていた時期まであったわけです。

 これらのことを考えると、独身が経済的に不利になるような政策誘導だけでなく、具体的に出生してくれそうな母親候補におカネと知識をつけ、安心して子どもを産んでもらえるような社会にするしかないんだろうかと思うわけですが、そうすると前述の通り出生率向上に貢献しないことが分かっている保育園託児所に予算を付けるぐらいなら若い女性におカネを持ってもらえる仕組みを考えようよという方向にならざるを得ないんじゃないかと思うんですよね。

 そして、そういう政策ほど、自民党の「保守派」の人たちが嫌がります。

 これはもうどうしようもないのだな、と。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.362 我が国の出生対策の低迷ぶりに懸念を覚えつつ、岸田政権やスマホアプリの今後をあれこれ考えてみる回
2022年3月1日発行号 目次
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【0. 序文】「減りゆく日本人」出生数低迷と政策的手詰まり
【1. インシデント1】岸田文雄政権が自公協力の踏み絵で揺れていて面白い
【2. インシデント2】アプリストアと独禁法の微妙な微妙なバランスの行方
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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