やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

リフレ派の終わりと黒田緩和10年の総括をどのタイミングでやるべきか


 財務省の人と話してて、元は税金なのだから介入を決定した以上は負けは許されない、と結構真顔で仰います。世にいう財務省陰謀論はたぶんこういうクソ真面目な財務省の人たちの「仕事をちゃんとしていれば評価は後からついてくるはずだから、目の前のことは誠実にやる」というプリンシプルをもっとちゃんと理解してあげるべきだと思うんですよね。

 他方で、財政至上主義にならざるを得ないため、いかな合理的な政策であっても事前に出せるはずのない証拠やロジックは綿密に立てて予算折衝する必要はあるし、世の中の状況的に必要だからやるべきだという業界のコンセンサスがあっても、今回の単独介入のように「絶対許さない」というブチ切れが起きるまであたかも何もできず注視しているだけと誤解されるような事態になってしまうのはコミュニケーション問題があるからなのかどうか。

 というわけで、空前のドルバブルの問題については前回のメルマガでも書きましたし、証券系のレポートでも「単に日本円が弱い、悪い円安だと安易なジャッジをするべきではない」ということは書きました。でも、随所で指摘されるように円安が増えた結果が貿易収支の大幅な悪化で、すぐに日本経済の生産性・合理性が担保されるわけでもないので実需の円売り基調が続く限り常に円安のバイアスがかかるのは致し方が無かろうとも思います。

 これが黒田日銀の失政だ、緩和政策の終わりだという総括のされ方と共に、日本も金利上げの議論を憚らず行うべきだという趣旨の話も出てきました。気になるのは、おまえ半年前にはリフレ万歳、物価上げろ、設備投資減税だって言ってたじゃないかってことなんですが、まあそれは政治の話なのでさておき、死滅しつつあるリフレ派が10年間引っ張った金融緩和の結果、やはり金融政策で“健全な”物価高を誘導することはできないという結論に達して無事死亡やむなしということでいいんじゃないかと思っています。

 また、先日ドラめもんさんもブチ切れてましたが、いまの日本に置かれている状況ではかかる議論について齋藤さんの話が正道であることは間違いないものの、政策議論をあるべきところに戻していくにはいままでの議論の蓄積がタコすぎて時間かかるよねってのもまた事実ではないかとも思うのです。

朝のドラめもん
2022/09/30

財務省理財局長・斎藤通雄氏「国債、地銀・個人に期待」

 同様に、いままで日本国債はずーーっと死んでたわけで、市場の機能に期待すると言われてもかつて大相場を経験したようなボンドトレーダー同士の暗黙のコンセンサスなんてものは随分前に死滅しているわけでして、他の国が国債消化でクソ苦労しているところを対話でどうにか売り込み押し込んでいくようなノウハウは失われて久しいんですよ。これって原発再稼働の議論と似ていて、脱原発だと長年原発の新規建設も稼働検査も怠っていたら、いざ原発が必要だとなって急に再稼働させようとなっても原発を支えているバルブなど部品メーカーのまともなところはすでに撤退してしまっていて、馬鹿高い逸品ものを図面見ながら起こしてサンプルワークから始めましょう、サンドボックス持ってこいみたいなところからやり直す必要があるぐらい、いまの日本国債を巡るトレーディングの話は荒廃しているように投資家の側からは見えます。

 それもあって、時節柄クソみたいな円安になってしまったので改めて日本国債も市場能力を強化しいろんなプレイヤーに相対で納得づくで持ってもらえる相場環境作りましょうという話になるにせよ、大元の金融政策のアプローチについてまだ投資家の側も確信が持てないものだから掛け声はかかっても鼻をほじる指の動きが止まらないのではないかなとも思います。価値が分からないものをお前のクビをかけて買え、と言われてもねえという感じになってしまうので。

 これと併せて、ドル円単独介入の是非という話はどうしても出てくるわけなんですが、そもそも話で言えばちなみに外為特会は、8月末時点では1兆3,000億ドルあります。1ドル140円計算で約180兆円。ついでに我が国の対外純資産は1ドル140円計算で411兆円ありますので、どんだけクソ円安になったところで日本初の通貨危機への懸念とか与太話を言っている馬鹿どもの寝言は無視していて良いとは思う反面、今回の介入規模と見られる約3兆円前後という打ち玉はどうなのかという話になります。これが冒頭の財務省の「必ず勝つ」心意気とも合致するところなのですが、アメリカが経済堅調の状態で利上げを断行すればアメリカ国債の価値は下落することは折り込まれ、またいまは堅調でも次第にリセッションに向かう現状ではこの規模の介入の判断は是であったと私なんかは思います。

 そもそも前回の介入はドル買い円売りを1ドル79円の時点でやっている点からナイストレードというのもなくはない(さらに満額米国債の金利が乗る)のですが、それもこれも我が国の経済が相応に強く、経常収支が穏やかに黒字である前提においてですから、日本としては一国のドル円の動きだけを注視して一喜一憂するよりもむしろ世界経済の安定に積極的に寄与すべき立場なんじゃないのかとも思うんですよ。

 改めて注目されるのが、政府と日銀の間での共同声明において、その一丁目に「デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長の実現に向け、以下のとおり、政府及び日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組む」ということで、まずデフレ経済への対応と、政府と日銀のシームレスな政策一致といういま見ると「お前なんでそんなこと言っちゃったの」と思うような中央銀行の政治的独立性の文脈ガン無視のお財布状態追認を誇るかのような内容が出ています。さすがにこれは放置していてはだめではないかとも思うので、岸田政権においては政策的自由度を下げてでも脱黒田路線とデフレ対策の終焉、金融政策での物価上昇率コミット外しはやっておかないと大変なことになるのではないのかなと。

政府・日本銀行の共同声明 平成25年1月22日

 そんなわけで、金融政策や為替介入でドル円を戻そうと頑張ってもあまりよろしくない未来が見えているのは間違いないので、やはり成長戦略を主眼に置き、輸出産業に磨きをかける以外の方法はないのではないかと思いますね。

 よりによって、岸田文雄さんがアメリカに行って「日本に投資しろ」と言ったその日に日経平均が暴落したのは象徴的でしたが、それはたまたまだとしても、投資しろ迄は良くても投資するに足る何かをどう導き出すのかというストーリーが岸田政権には改めて問われているのではないでしょうかね。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.382 黒田日銀の10年を総括するタイミングを思案しつつ、日本ファクトチェックセンター設立やTikTok人気に思うことを語る回
2022年9月30日発行号 目次
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【0. 序文】リフレ派の終わりと黒田緩和10年の総括をどのタイミングでやるべきか
【1. インシデント1】SNSに流れるバズ情報のファクトチェックはフェイクニュース対策たりえるか
【2. インシデント2】デジタル庁も使わざるをえないTikTok人気の光と影
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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