※高城未来研究所【Future Report】Vol.716(3月7日)より
今週は、ムンバイにいます。
いま、インドではアーユルヴェーダが大ブームです。
「えっ、なにそれ!?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、実は少し前までアーユルヴェーダが生まれたインドでは、名前は知ってても「よくわからない」「古臭いお婆さんの知恵」だと多くの人たちに思われていました。
しかし、21世紀に入り、古代から続く伝統医療「アーユルヴェーダ」は新たな変革の時代を迎えています。
インド発祥のこの生命の科学は、数千年にわたり人々の健康を支えてきましたが、現代になって科学技術やビジネスの力を借りてその可能性をさらに広げようとしています。
いまからおよそ10年前、インドに「Ayush省」が設立され、ここが起点となりました。
Ayushとはアーユルヴェーダ、ヨガ・自然療法、ユナニ、シッダ、ホメオパシーという5つの代替医療の頭字語であり、伝統医学を近代産業として再育成し、国内経済の底上げと世界市場への売り込みを図る狙いのもとにはじまった壮大な国家プロジェクトです。
このAyush省のもと、インド国内のアーユルヴェーダ産業は近年急成長を遂げています。
十年前には30億ドル未満だったインドのAYUSH産業規模は、この10年で6倍の180億ドル以上に拡大。
アーユルヴェーダ製品市場だけ見ても、現時点で約70億ドル規模に達しており、2028年度までに約162億ドル(1兆2千億ルピー)に成長する見通しで、インドで注目される自動車産業やIT産業の成長率を遥かに凌駕しています。
モディ首相自身、「医薬品となる薬草の栽培は農民の所得と雇用創出に寄与し得る」と指摘し、農家と市場を結ぶ伝統薬草の流通基盤整備(AYUSH電子市場の拡充)にも言及。
伝統医学の振興は都市部の産業育成のみならず、農村部の経済活性化にも繋がっているのが特徴です。
また、インド政府はアーユルヴェーダを世界ブランドとして売り出すことにも注力し、Ayush省のコテチャ事務次官は国際会議の場で「伝統医療製品をグローバル市場に展開し、イノベーションを起こす必要性」を強調。
世界のウェルネス市場でもアーユルヴェーダへの注目は高まっており、2023年時点で推計140億ドル規模の世界アーユルヴェーダ市場は、今後年率27%という急ピッチで拡大すると予測されています。
事実、インドからの伝統医療製品の輸出額も増加傾向にあり、2021年度には約4億8千万ドルだったアーユルヴェーダ関連輸出は、わずか二年で6億ドル超に達しました。
2022年には世界保健機関(WHO)と協定を結んでグジャラート州ジャムナガルに「WHO伝統医療グローバルセンター」を開設。同センターにはWHO加盟107か国のオフィスが入る計画で、伝統医療の国際的な研究拠点として急浮上しました。
こうした国際的な戦略が功を奏し、米国ではアーユルヴェーダを補完代替医療の一種として受け入れられ始めており、専門の教育課程を設ける大学も現れています。
また、モディ首相は「Heal in India(癒しのインド)」を合言葉に医療ツーリズムにも力を注ぎ、例えば南インドのケララ州では伝統医学が観光客を呼び込む一因となって、欧米客が急増中。
「Heal in India」を今後の10年で大きなブランドに育てたいと考える政府は、海外からアーユルヴェーダ施術を受けに訪れる人々のため、特別な「AYUSHビザ」を新設する構想も打ち出されました。
こうして、かつては経済指標だった「メイク・イン・インディア」のスローガンのもと、伝統医学の分野でもインドは「世界の工房・薬箱」となることを目指し、雇用創出や農村振興への貢献はもちろん、インド発のウェルネス・ブームとしてソフトパワーを発揮しつつあります。
十年前とは違う、世界的なアーユルヴェーダ・ブームとそれを作ってきたインド政府。
この大波は、インド経済の台頭と共に世界を席巻するのだろうと実感する今週です。
ちなみに、春先のムンバイの気温は36度を超えています。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.716 3月7日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

