やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

「認知症」自動車事故とマスコミ報道



 このところ、高齢者の自動車事故で凄惨な死亡事故が引き起こされていると報じられる機会が多く出るようになりましたが、警察庁・警視庁から公開されている事故統計をそのまま見てしまうと「高齢者による事故なんて昔からあるじゃないか」「何をいまさら」と感じる方も多いのではないでしょうか。

 実際に事故件数で言うとその通りなのですが、一部の損害保険会社と公的部門の情報交換によると、高齢者ドライバーには2つの変化がここ数年の間にあり、ひとつが運転距離が増え、生活の足として運転するドライバーは高い頻度でハンドルを握っていること。もうひとつが、家族や医師の強い勧めにも関わらず免許返納に抵抗する高齢者の割合が増加傾向にあることです。

 前者は、地方の過疎化が進み、ロードサイドのショッピングセンター中心の消費活動になったことで、歩いて買える地元の商店がなくなる一方、そのショッピングセンターも統廃合の流れが始まったことで生活圏が細る現象が強くなっていることに課題があります。車が無ければ本当に行きたいところに行けない、生活できないという状況にあるため、年金で細々と地方で暮らし、田畑を耕して終を迎えるという選択肢はどんどん減っていきます。つまりは、生活のために車に乗らざるを得ない人が、高齢になって認知症などに罹り判断力の衰えから事故を起こすという明確な因果関係を起こしています。

 さらに、運転頻度だけでなく運転距離自体も相当に伸びています。燃費の良い軽自動車が広く普及する一方、駐車場や路肩にハマるなどの運転ミスによる事故が複数回繰り返されるドライバーは、実に76%近くが高齢者によるもので、一部のデータでは85歳以上のドライバーで運転頻度の高い男女に不注意による信号無視、路肩乗り上げ、道路逆走などの問題を引き起こしているケースが顕著に増えます。一定年齢でドライバーの適性試験を毎年受けさせる必要があるとされるのは、これらの認知症は個人差が大きく、一度認知症状を出すと一気に判断力が衰えて事故率が増えるという相関があると見られることによります。

 しかも、認知症になるならないは別として、高齢により家族や医師の勧めで自動車に乗らないよう説得をしても免許返納に後ろ向きだとアンケートに回答する率が増えているのも特徴のひとつです。まだまだ元気だ、だから運転もできると本人が強く思い込むことは、もちろんボケ防止のためにも寄与するという考え方もあるでしょうが、事故を起こしてからでは取り返しがつかないのも事実で、本人のボケの問題と重篤な事故の発生を総合して考えたときは、やはり制度面で認知能力の確認を公的に行うか、家族からの申し出があったときは厳密な調査をするぐらいの仕組みを用意する必要があるでしょう。そのぐらい、83歳から85歳を中央値とした認知症状の問題や、悪ければ60代後半から発生し始める認知症の対応は喫緊の課題であると言えます。

 しかるに、それがなぜ最近になって報道され始めたのかというと、いままでは高齢者のドライバー問題というのは顕在化してはおり、損保の世界でも早くからウォーニングが出ていたものではあるのですが、述べた通り高齢者の運転距離が伸びたことで事故率が増加傾向にあることが原因です。これが団塊の世代が後期高齢者入りしたときに、認知症ドライバーが激増すると同時に、免許返納の仕組みをその時からやり始めても遅いという状況があります。

 いままでは、高齢者だからドライバーとして危ない、というのは報道の顧客である高齢者の感情を損ねるなどの配慮の対象であり、高齢者だから差別するのかという警察行政に対する不満のネタになることを恐れて、あまり積極的に「認知症だから事故を起こした」とは報じてきませんでした。ただ、小学生が巻き込まれた死亡事故で、認知症ドライバーが「ハンドルを握って徘徊」状態もあり得るという損保業界では当たり前の状況が明らかになると、再発を防ぐためにも社会全体の問題としてこれらを把握し解決していかなければならないという動きになるのも仕方がないでしょう。そうしますと、あれも高齢者、これも高齢者という話になります。なんせ、ペーパードライバーを除いた高齢者のドライバーは、自賠責や車両保険にさえきちんと入っていないケースもあります。自分は大丈夫だ、となれば、どうしても損保会社が高齢者向けに引き上げる保険金さえも払いたくなくなるからでしょう。

 損保会社では、各社顧客情報に触れないレベルで状況についての情報交換を各社間で行う中で、状況別の事故の特徴を分析しているところがあります。海外比較では日本の交通行政はとても優秀な部類に入りますが、これらは事故率が優位に高い10代、20代と65歳以上の高齢者「以外の」ドライバーの事故がとても少ないからです。2005年以降、ずっと死亡事故が減り続けていく中で、今後この減少幅が鈍化するとなると、間違いなく要因は高齢者ドライバーによる認知ミスの事故であることは言うまでもありません。いまのうちに、高齢者のドライバーに対する歯止めをかけておかなければ、怖ろしいことになる可能性はあります。

 高齢者の足の問題は、実のところIoTで自動運転を普及させることでかなりの部分は解決するのですが、そういう技術革新が訪れる前に高齢者のドライバー事故対策は手を打っておかなければならない、ということですね。

 実のところ、私の実父もさすがに運転能力が衰えてきて、これ以上ハンドルを握って欲しくないということで免許の返納を説得している矢先に通いつけの病院の駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしました。恥ずかしい話なんですが、高齢になるといくら壮年期は頑健で鳴らした拙宅父も近くのスーパーに買い物に出かけるのも億劫、というのは「いずれ私も往く道」なのでしょうか。

 本人の認知の問題という、本人が望んでもいない症状が理由で、誰かを巻き込んだ死亡事故を引き起こすのは悲劇以外の何物でもありません。飲酒運転も悲惨な事故が理由で全国的な防止が叫ばれ効果を上げたことも考えると、次はきちんと高齢者ドライバーの問題に社会がしっかりコミットしたほうが良いのではないでしょうか。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.171 深刻な高齢者ドライバー問題の真相について、玉木雄一郎さんとの対談最終回、そして変わりつつあるPCの立ち位置などを考える回
2016年11月16日発行号 目次
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【0. 序文】「認知症」自動車事故とマスコミ報道
【1. インシデント1】玉木雄一郎×山本一郎 対談第4回(最終回)
【2. インシデント2】PCとスマホとタブレット、それぞれの立ち位置はどう変わっていくのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる。統計処理を用いた投資システム構築や社会調査を専門とし、Aetas株式会社エグゼクティブ・プロデューサー、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員、東北楽天ゴールデンイーグルス育成・故障データアドバイザー、株式会社データビークルプロデューサーなど現任。東京大学と慶應義塾大学とで組成される「政策シンクネット」の高齢社会研究プロジェクト「首都圏2030」の研究マネージメントを行うなど、社会保障問題や投票行動分析に取り組む。「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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