高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

街は誰のものなのか

高城未来研究所【Future Report】Vol.744(9月19日)より

今週も、バルセロナにいます。

忙しかった夏が過ぎ、バルセロナの9月は夏の熱気が緩み始め、秋の足音が確かに街の隅々へと広がっていく時期です。日中も28度前後へと下がり、昼間はまだTシャツでも過ごせますが、夜は少しだけ肌寒く感じる日も増えてきました。

そろそろ日本へ戻る時期も近くなりましたが、20人を超えるチーム一丸となって残務と各種申請作業に日々取り組み、すでにビザをお申し込みの方のなかには無事に取得なされた方もいらっしゃいます。よかった!

さて、東洋思想では、9月は二十四節気でいうところの「秋分」へと移り変わり、「彼岸」の時期を迎えます。日本では「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、この季節、北半球の温帯ではどこも気候の変化を実感する頃合いです。「秋分」では昼夜の長さがほぼ同じとなり、日本の空にはいわし雲、道端には彼岸花や芒がそっと咲きはじめるお彼岸は、まさに自然と人の暮らしが寄り添い合う瞬間で、海風が街を駆け抜ける季節でもあります。

実は地球温暖化と言われますが、地球全体で見ると過去100年で約0.7度しか気温が上昇していません。一方、都市部では、ヒートアイランド現象の影響で、東京では同じ期間に3.2度、大阪で2.7度など、地球全体よりもはるかに大きな気温上昇が観測されています。ヒートアイランド現象の主因は、地表面のアスファルトやコンクリート化、緑地の減少、人工排熱の増加で、これらが蒸発・冷却機能を損ない、夜間も熱が残る構造になってしまっています。

特に東京は、建物の高さそのものに対する厳格な高さ制限を原則として設けられておらず、海辺の街であっても風が吹き抜けなくなってしまい、熱波がビルに囲われた街中や内陸部に篭ります。しかも、「湾岸部の再開発促進」や「都心回帰政策」を背景に、必ず都知事選挙前に主要立候補者は容積率や斜線制限、日影規制などが緩和・適用除外されるエリアを増やす確約をするゼネコンやデベロッパーとの密約が交わされ、これが都知事に就任する暗黙の条件になってしまっています。そのため、今世紀に入ってから超高層マンションやビルの建設が集中的に進みました。例えば芝浦や豊洲、晴海などは「高層住居誘導地区」として指定され、これらの規制の特例が認められてきましたが、この結果、驚くべき気候変動が都市部を襲っています。

これに対してバルセロナでは、沿岸部を含む市内全体に建物の高さ制限が設けられており、特に中心部や海岸沿いでは高層建築は原則として認められていません。それは、「海風が街を抜ける」ための施策であり、また天空率の確保と厳しい景観規制と開発規制がしっかりと決められ、「市民生活の快適さ」を第一に考えているからに他なりません。

東京の景観は、かつて「背山臨水」という風水の理想である山を背にして水に臨む、という都市と自然の調和を体現していました。江戸湾の青い水面と、遠くに連なる武蔵野の緑と遠方の富士山、その間に緩やかな町並みが結ばれていた時代。臨海部に広がる湿地や町、そして海から陸へと吹く風を感じる豊かな空間は、日本の首都が何百年も誇りにしてきた風景でした。

しかし1997年、都内の建築基準緩和以降は日影規制や容積率の特例が湾岸部にも大きく適用され、都心アクセスや眺望を売りにした高層住宅が林立。湾岸の埋立地は比較的安価に広大な土地を確保できることから住戸数も桁違いに増え、夜景やブランドイメージが一気に広がり、タワマンブームが作られます。何を隠そう、オリンピック誘致もその一環です。すでに東京のタワマン人口は、最新の集計によると約50万人と推定され、もはや後戻りできない状態に陥り、東京に人口集中する最大の要因となりました。

この都市の変化(実際は破壊)は、利便性や住環境の多様化という恩恵をもたらす一方、本来の「背山臨水」という気の流れを根本から揺るがしています。高層マンションが海に向かって壁のように並び、かつての水辺と街、後背地の連なりを分断。外観もガラス張りが目立ち、夏は強烈な照り返しとヒートアイランド現象を加速させ、沿岸の街に新たな熱環境を生みだしているのです。

さらに、埋立地特有の軟弱地盤は液状化や長周期地震動に弱く(東日本大震災をお忘れなく!)、災害時には暮らしの脆弱性が露呈します。防災インフラは高度化したものの、自然と都市の本来のつながりが失われたことで、街に暮らす人々の心の風景も変化しました。

何より1997年の建築基準緩和以降、日本経済の心臓部である東京の経済的停滞(実際は、風が吹かない「気」の停滞)は、言うまでもありません。

もう40年近く世界中のあちこちの街で暮らしてきましたが、東京に戻るたびに「デベロッパーファースト」や「政治家ファースト」なのではないかと強く感じます。自然と言う基本OSを破壊して、その上に乗るアプリケーションがうまく作動するわけがありません。コンピュータになぞらえれば、どこかで画面が固まり、必ずクラッシュするものです。

いったい、街は誰のものなのか?

東京は気の流れが変わってしまって、多くの人々にとって経済的かつ精神的に息苦しい日々がますます続くのではないか、と案じる今週です。

もうじき帰路につきます(まだ予定なのですが)。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.744 9月19日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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